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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第四十六章 パール軍壊滅

福田弘生

 

 戦闘態勢に入った第六の将パール軍の後方に、元西の将マコーキンの兵士達は待機していた。マコーキンの参謀のバーンはパールの軍に従軍し、後方でマコーキン軍の指揮を執るバルツコワに逐次指示を入れている、そのバーンの指示は一貫して「待て」だった。
 マコーキン軍の後方部隊の中に三台の大型の馬車が並んでいる。その中央の馬車に皇子ムライアックが、左の馬車にマコーキンが、そして右の馬車にはシャンダイアの三人の外交官が乗っていた。その右の馬車の中で、サルパートのエラク伯爵がおびえたような目でささやくように言った。
「戦闘が始まりましたね、どうなるのでしょう」
 カインザー人のアシュアンがうなずいた。カインザー九諸侯の中では最も戦闘に疎い伯爵だが、さすがにサルパート人に比べれば戦闘中にも落ち着いている。
「マコーキンが指揮しているならともかく、ほとんどパールの単独行動に近い。今回もロッティの勝ちだ」
 マスター・モントが煙管に火を入れた。
「いつ逃げ出せばいいんだ」
「ロッティの事だ、迎えを寄越すだろう」
「わかった。ここには私の部下も何名か入り込んでいる、いつでもムライアックは連れ出せるようにしてある」
 窓から外を覗いたモントが言った。
「その必要は無いようです」
 アシュアンとモントが窓から外を見ると、ムライアックがこちらに向かって歩いて来るのが見えた。その後ろには御供の者達がゾロゾロと付き従っている、モントがうなった。
「最悪だな、一人で馬車の中にじっとしていてくれれば、さらうのも楽だったのに」
 ムライアックは馬車の扉を叩くと、中に入ってきてアシュアンの横に座った。アシュアンはムライアックをにらんだ。
「率直に言うが、誰も歓迎しとらんぞ」
「そう言うな、ソンタールの骨肉の争いの中を生き抜いて来た私だ。お前達の考えくらいわかる」
「ああ、そうだろうな」
「この闘いの勝敗はどうなりそうだ」
「マコーキンの様子がおかしい、おそらく先に姿を消したミリアの魔法と関係があると思う。パールだけならばロッティのほうが上手だ、戦闘の最中のどこかでロッティが迎えをよこすだろう、その時に我々は脱出する」
「兄は、いやパールは死ぬのか」
「わからんが、パールの兵は皆パールを友人のように好いている。そういう兵を持った将を殺すには部隊を全滅近くまで追い込まなければならない。カインザーのトルソン侯爵ならやりかねないが、ロッティはそういう消耗戦はしないよ」
「それで安心した。我ら兄弟は立場上対立してはいるが、憎み合っているわけではないからな」
 モントが尋ねた。
「それで、我々と来るかね」
 ムライアックは困った顔をした。
「私は自分の命に正直だ」
 モントがうなずいた。
「お前さんはこの世で一番信用できる男だな、わかった命は保証しよう」
「ならば行こう」
 そう言い残してムライアックは戻って行った。エラク伯爵が不思議そうな顔で見送った。
「信じられると思いますか」
 モントが答えた。
「ムライアックには他に残された道は無いよ。思うんだが、ムライアックというのは臆病ものだがそうとうに賢いし、その気になれば行動力もある」
 アシュアンもうなずいた。
「そうだな、兄のパールも風変わりだが見所が多い。この兄弟はあなどれん、もし末弟のレイヴォンが兄達と同等かそれ以上の人物ならば」
 エラク伯爵が心配そうに言った。
「恐ろしい相手かもしれないですね」

 パール軍は敵軍中央のロッティ軍本体にすさまじい勢いで突撃した。しかしロッティ軍はあわてず、そのパール軍を包むように両翼を閉じて左右から襲いかかった。これを見たバルツコワがたまらずにマコーキン軍を押し出して、ロッティ軍の薄い殻のようになった包囲軍を後方から突き破った。こうしてソンタール帝国でも指折りの強兵達による攻撃に、さしものロッティ軍も苦戦をしいられる事になった。
 バルツコワの支援を受けたパールはさらに勢い付いてロッティに迫った。しかしその攻撃軍の中にいたバーンは、先程からロッティの軍が少しずつ後退している事に気付いた。そこで近くにいたパールの参謀ヒースに呼びかけた。
「パール様に伝えてくれ、敵が引いている。罠かもしれない」
 ヒースは馬を走らせて最前線で奮闘するパールに追い付こうとしたが、時すでに遅かった。中央のロッティ軍が左右に開き、その向こうに幾重もの柵をめぐらせたエンストン卿の歩兵部隊が待ちかまえていたのだ。
 パールの軍はエンストン卿が設置した柵に乗りかかるように激突すると、勢いを殺されて立ち止まった、そこに矢の雨が降り注ぎ、やがて長い槍を前面に押し出して密集隊型をとったエンストン軍が、パール軍を完全に受け止めて押し戻した。そして左右に開いたロッティの騎馬部隊が果物の皮をむくようにパール軍をけずり始めた。
 ここまでと見て取ったバーンは、右往左往し始めたパール軍の兵士の中を掻き分けて、三人の友人に守られたパールに馬を寄せて叫んだ。
「パール様、引きましょう」
 パールは首を振った。
「このままでは皇帝陛下のお役に立てない」
 そして再び群がる敵兵の中に切り込んで行った、ヒースたち三人はあわててその後を追った。バーンはあきらめて一人後方に馬を走らせると、奮闘しているバルツコワに叫んだ。
「引くんだバルツコワ」
「それではパール軍が孤立してしまう」
「パール様には告げた、本人が引かない限りこの兵は闘いをやめない。巻き込まれてマコーキン様の兵をこれ以上減らすな」
 それを聞いたバルツコワは兵を止めて集結させた。そうしてマコーキン軍が態勢を整えようとしたところに、戦場を大きく迂回していたロッティ軍の別働隊が側面から突き刺さるように突撃した。
 マコーキン軍の中央部までが混乱したのを確認したアシュアンとモント、エラク伯爵は馬車を飛び出した。三人の馬車を監視していた兵達はマコーキンの馬車の護衛に走り、馬車の周りに一瞬のスキが出来ている。そこにモントの部下達に抱えられるようにしてムライアックがやって来た。さらに水が流れ込むようにロッティの騎兵部隊が走りこむと、アシュアン達をすくいあげるように馬に乗せて走り去った。

 乱戦の中、パールはいつの間にか三人の友とはぐれて一人になっていた。激しいはずの戦闘の音がなぜか遠くに聞こえる。見通しの良い快晴の日の平原が、人馬のたてる土埃で霧の中のように視界が悪くなっていた。
 パールは獣の背でかぶとを脱いだ。
(これまでか)
 そして空を見上げると頭上に黒い鳥が飛んでいた、その鳥が突然心に呼びかけた。
(まだ戦いたいか)
 パールは幻だろうと思って躊躇すること無く答えた。
(戦いたい)
(ならば戦わせてやろう、我が魂をそなたの体に入れて)
 パールの周りに闇が落ち、第六の将は獣と共に姿を消した。

 セルダン王子は戦場の端をめぐるように飛んでいた。
「さすがロッティ、久々に見たけど見事な戦いだ」
 その時、戦場の中に不思議な獣に乗った男を見つけた。男は放心状態で戦場に立っていた。
「あれか」
(そう、あれがパール・デルボーン)
 次の瞬間その姿のまわりに鳥のような形の影が落ちた、そして男の姿が見えなくなった。
「何が起きたんだ」
(何が起きたの)
 セルダンとエルディ神がほぼ同時に叫んだ、竜の仔アンタルが答えた。
(魔法の糸が繋がった、黒い冠の魔法使いとあの男の人。二人が一つになり、魔法の糸が遠くに伸びた)
(その先に繋がっているのが誰だかわかる)
(そこまでは見えない。でもランスタイン山脈に一本、そして山を越えた向こうにもう一本、二本の糸が伸びている)
(それで十分。セルダン、ひとまずパールの事は置いておいて良さそうよ、あなたはエルセントでの闘いに全力を尽くしなさい)
 セルダンはうなずいた。
「わかりました、さあ行こうアンタル」
 エルディ神の気配が消え、竜の仔アンタルはエルセントに向けて翼を翻した。

 パールの軍団は事実上消滅した。バーンとバルツコワは兵をまとめて戦場から退却すると、陣を整えて、パール軍の残党の回収にあたった。エルセントでの闘いを控えているロッティはパール軍を深追いしなかった。
 夕闇の中に引き上げてくるパール軍の中をバーンは走り回り、やがてシャイー、ペイジ、ヒースの三人の姿を見付けて大声で呼びかけた。
「パール様は」
 ジャイーは首を振った。
「わからない、見失ってしまった」
「まさか」
 ペイジが怒ったように言った。
「パール様は生きている、だから見付からないのだと思う」
「捕虜になった可能性は」
「それは無い、パール様の性格ではありえない」
「ならば待とう」
 バーンはそう言うと、軍を留めて遠ざかるロッティ軍を見送った。まだセントーンでの闘いは終わっていない。パールを失ってもマコーキンの元にはパール軍の残りを含めて二万五千の兵が残る形になった。
 その夜、かがり火に照らされたマコーキン本陣のテントの裏で、シャイーはペイジとヒースに別れを告げた。
 ペイジが尋ねた。
「どこに行く」
「我らは兵を失い過ぎた、力を貸してくれる勢力が必要だと思う。お前達はマコーキン将軍と共に戦ってくれ、俺は首都に戻ってクラウス・ゼンダを訪ねる。ソンタールの将や貴族が倒れてゆく中、クラウスだけは闘いを重ねながら生き延びて力をつけている。彼と同盟を結びたい」
「わかった、俺達は必ずパール様を見つけ出して帰る」
 こうしてはシャイーは友人達とパール軍の再建を誓い合うと、首都への帰還の途に着いた。

 (第四十七章に続く


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