雪が降っている。 鋭く尖った山と山の間に小石を落としたように埋もれたタルミの里の廃墟は、真っ白な雪に覆われて山に溶け込んでいた。 そんな捨てられた村に最初にやって来たのは狼だった。レイユルーという名の長に率いられた獰猛な狼ルフーの群れは、冷たい雪を気にする事も無く、村の南の森の中に潜んだ。 次にやって来たのは猫だった。チャガという名の長に率いられた狡猾な山猫マーバルの群れは、冷たい雪に震えながら、村の東の冬でも葉が落ちない木々の下にもぐり込んだ。 その次に山猫達の母である巨獣デッサとその背にまたがった黒い巻物の魔法使いがやって来て、マーバルの群れを追い越して村の中央にある広場に乗り込んだ。 黒い巻物の魔法使いレリーバは、すり鉢の底のようになった広場の中央にある井戸を一度覗き込むと、広場の東側に朽ち果てた家を見付けてその中に入って火を焚いた。雪も火も嫌いなデッサは、やはりマーバル達が潜む森の中に入って行った。 村の西には谷が迫りいくつもの洞窟が口を開けている、その一つから若い魔法使いテイリンが顔を出した。テイリンの隣には神々しい顔の老人が並び、テイリンの服の襟の内側には六つ星のてんとう虫が潜んでいる。テイリンが洞窟に向かって手を振ると、傷だらけの小男と子供のような顔の女の魔法使いが寒そうに雪の中に踏み出した。男も女も顔に深い傷を負っている。魔法使いと暗殺者と神の三人と一体は井戸を挟んでレリーバがいる家の反対側の空き家に入って暖を取った。 雪の中、まるで冬篭りでもするように誰も動かない。まだ、必要な者がすべて揃っていない事に皆が魔法の勘で気付いているのだ。 数日が過ぎ、村の北の空に黒い点が無数に現れた、そして空から鬼がやって来た。ゾックと呼ばれる小鬼達は広場をうかがうように旋回すると、西の小屋の裏手に着地して目の前に迫っている崖の洞窟にもぐり込んだ。 続いて東から馬を乗り潰すようにして走らせながら三人の男がやって来て、井戸の横に馬を止めた。三人は広場を取り巻く魔法と張り詰めた空気に気付くと、急いで広場の北側にある小屋に入った。 最後に金と銀の翼の鳥がやって来て、真っ直ぐに広場の中央に舞い降りると美しい女性と端正な顔立ちの男の姿になった。これでこの場所に必要なすべての者が揃った。 翼の神の弟子であり、類まれな美貌と魔力の持ち主であるミリアは、その場所に渦巻く魔法に不安を感じて体を震わせた。隣に立った元西の将マコーキンがマントを脱いでミリアの肩に巻きつけた、黒髪の魔法使いは笑った。 「鳥になっている間、服がどうなっているのかマルヴェスターと弟のセリスと色々考えてみたけど、結局答えが出なかったの」 「こんなに寒い所に来るのならば、ありったけの服を着込んでから鳥になるのだったな」 「それでは重くて飛べないわ」 「そうなのか」 「それは一度試してみた、ひどい目にあったわ」 マコーキンは安心させるようにミリアの両肩に軽く手を置くと、下がって枯れた井戸に腰掛けた。 一人立ったミリアは、北の小屋に目を向けた。そしてそこから姿を現した三人の男を手招いた。 「いらっしゃい、アタルス、ポルタス、タスカル」 三人の男は黙って急ぎ足でやって来た、ミリアは三人を確かめるようにそれぞれの冷たい手に軽く触れると、東側の小屋に呼びかけた。 「出てらっしゃい、レリーバ」 魔法使いレリーバは待っていたかのように扉を開くと、サクサクと雪を踏んで小屋の前に歩み出た。そしてミリアの後ろに立つ三人の男に目を向けた。すると魔女の瞳の色がめまぐるしく変わった。 「何を企んでいるんだいミリア」 「この三人を見て何か感じる事は無いかしら」 金色の瞳のレリーバが言った。 「海の妖精シュシュシュ・フストが言っていた、お前がかつて三人の男の魂を未来に放ったかもしれないと」 「ええそうよ、なんだもう知ってるんじゃない」 赤い瞳のレリーバが言った。 「それがどうした、今更時は戻らない、私の体も魂も戻らない」 そしてレリーバの瞳が黒くなり、その目から大粒の涙がこぼれ落ちた。レリーバは涙もぬぐわずに背を向けて肩を震わせた。 「もう戻れません」 ミリアは今度は西側の小屋に呼びかけた。 「そこにいる方」 小屋の扉が開いて、テイリンが雪の中に進み出た。ミリアがうなずいた。 「ミルトラの泉で一度会ったわね」 「ええ、あの時は失礼いたしました」
「あなたは光の神アイシムの力を具現する魔法使い、闇の領域で捻じ曲がったレリーバの魂と肉体を解放できるかしら」
テイリンはからっぽの両手を見つめた。 「私にはその知識がありません」 テイリンの襟元から六つ星のてんとう虫が這い出した、ミリアは驚いて目を見開いた。 「ジェ・ダン、虫たちの始祖、どうしてここに」 ジェ・ダンは羽を拡げかけたが、ひんやりした空気にあわてて閉じて意思を放った。 (わしは森の中でアイシム神の魔法使いを待っていた、そしてようやくこの若者がやって来たので伝言を伝えただけだよ。ただ成り行きでここまで来てしまったがね) そのやり取りに気付いたレリーバの赤い瞳が輝いた。 「あらゆる情報の獣、叡智の光。あなたがジェ・ダンですか」 ジェ・ダンが得意気にテイリンの襟元で一回転した。 (わしの価値を知る者がいるとは嬉しいものだ。しかしわしは情報の持ち主であって、それを分析する者ではない。その役目は神にまかせようではないか) そこで西の小屋からエイトリ神が姿を現した、金色の瞳のレリーバがハハハハと高笑いした。 「おやおやシャンダイアの神様のご登場だ。癒しの神の力がいか程なものか、この場で私の毒と勝負しようではないか」 エイトリ神はゆっくりと小屋の前の坂を下って来た。 「やめておこう、おそらくお前のほうが強いから。しかしミリア、これは難しい状況だよ。三つの魂を宿した一つの体、時を越えた三つの魂、いささかややこしい事をし過ぎたな」 ミリアは肩をすくめた。 「いつもマルヴェスターにそう言われます」 エイトリ神はレリーバの前に立った。 「すべての始まりはタルミの里の井戸から始まる、この山の水脈を汚した者の血縁者がここにいる」 レリーバが薄ら笑いを浮かべた。 「気が付いているよ、出ておいでティズリ」 西の小屋から今度はティズリが姿を現した、ミリアが頭に手をやってうなった。 「メド・ラザードの娘ね、テイリン、あなた達どういうわけで一緒にいたの」 今度はテイリンが肩をすくめた。 「成り行きです」
(第四十八章に続く)
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