雪が空中で静止している。
マコーキンは時が凍った村の広場を見回した。 「これがガザヴォック様の魔法ならば、ガザヴォック様がどこかにいるのでしょうか」 なぜか寒さの消えた空間の中をジェ・ダンがブンブン飛び回った。 (おかしいな、目立ちたがりのガザヴォックが現れない。これは別の魔法なのかもしれないぞ) 巨獣デッサが首を低くしてマコーキンに顔を寄せた。
(未完成な闇の魔法ね、エイトリが捕まって私たちが逃れたのはガザヴォックの魔法なのではなく、魔法の未完成さゆえのようだわ)
マコーキンは立ち上がってミリアに近付くと、その手を握って引き寄せた。ミリアが驚いたように動き出した。 「何、どうしたの」 「周りを見てみろ」 ミリアは周りを見回してすべてが静止している事に気付いた。 「これはいったいどうしたの」 「わからない」 ミリアは目の前にやって来たてんとう虫に問いかけた。 「ジェ・ダン、私は何か間違ったことをしたのかしら」
(お前のせいではない、この場所そのものが何かおかしい。魔法が重く、作用がまともではない。その証拠にあの男達を見てみろ)
ミリアは魔方陣の上で倒れている三人の男と、その上に立ちあがっている白い影を見た。 「魂でさえも静止している」 ジェ・ダンがマコーキンの肩にとまった。 (彼らはこの土地の子だからな、かなり強く魔法の影響を受けているのだろう) デッサが重々しく言った。
(時間よ、長い時間をかけて何かが起きた)
ミリアが答えた。 「それならば犯人はメド・ラザードだわ、あの魔女は長い時間をかけてセントーンの北西部を汚染し続けてきた。ここの水脈をつくりかえてしまったの」 デッサがうなった。
(それだわ、おそらくは闇の力が極めて強い土地をつくろうとしたのでしょう。ここは現時点での世界の闇の力の底のような場所なのよ)
「という事は」
(メド・ラザードの毒は一言でいえば闇の毒、私とレリーバはここにミセルネルが生まれるかと思ってやって来たのだけれど、どうやら逆だったようね)
ミリアが首を振った。 「それはまだわからないわ、テイリンがいる。アイシム神はここにバステラ神の領域が生まれつつある事を知ってテイリンを寄こしたんだわ」 ジェ・ダンがデッサに問いかけた。 (そもそもラザードの目的は何なのだ)
(おそらくはガザヴォックとの力関係の逆転を狙っているのでしょう。ガザヴォックはバステラ神の力を顕現させる魔法使い、ラザードはここにバステラ神そのものを呼び出そうとしているのではないかと思う)
デッサは心配そうに紫色の顔をした魔法使いレリーバに近付いた。
(ミリア、レリーバはどう関係してくるの)
ミリアが困った顔をした。 「それはたぶん別の話だと思う。レリーバ達を連れ去るためにメド・ラザードによってこの井戸に仕掛けられた毒はグリムの毒、危険だけど魔法の毒では無いわ。元々セントーンのミルトラ神は雨によってこの国に力を及ぼしているの、だからセントーンの水には神聖な力がある。おそらく山間の水のきれいなタルミの里の井戸は魔法の素質のある娘を育み、それをたまたまラザードが見付けたのよ」 ジェ・ダンがうなった。 (話を戻すぞ、そもそもなぜ闇の魔法が発動したんだ) ミリアが確かめるように周りを見回した。 「テイリンの光の性質が強くなるにつれて、闇の力もバランスを取るように強くなったんじゃないかしら」 (つまりテイリンの覚醒は近いという事だ) そこでミリアが突然気づいた。 「マコーキン、あなたはなぜ動けるの」 マコーキンは首をかしげた。 「それが一番不思議なんだ」
(第五十一章に続く)
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