雪が空中で静止している。
その雪を掻き分けるような仕草をして、マコーキンが井戸に近付いた。 「この井戸の中から、音がした」 デッサが井戸に鼻先を突っ込むように頭を近付けた。 (なにも聞こえない、ミリアは) ミリアが井戸を覗き込んで耳をすませた。 「ああ、聞こえる。この音にマコーキンと同じ時に気付いていれば、テイリンに一度魔法を止めさせて状況を分析出来たのに」 (翼の神の弟子には聞こえる音なの) 「ええ、宇宙の秤が動く音よ。この星の上では統治の神マルトンの弟子にだけ聞こえるの」 マコーキンが驚いた。 「私は翼の神の弟子ではないぞ」 ミリアがうなずいた。 「あなたは魔法使いではないわ、でも聖宝の守護者達は魔法使いでもないのに魔法を使うでしょ、あれと同じ。あなたはマルトン神の魔法に選ばれたのよ、それもおそらく私よりも強大な魔法に」 「選ばれたというのはどういう事だ」 「魔法は人間の力の延長ではないの、魔法が宿り主を選ぶ。ここに存在する光と闇の強大な魔法のバランスを取るために秤の魔法があなたを選んだの」 デッサが慎重に言った。 (メド・ラザードが長い時間をかけて、闇の神バステラが降臨出来る場所をつくろうとした。それを知った光の神アイシムが、己の力の代行者であるテイリンここに送り込んだ) 「そう、でもその二体の神は創造神、星を創る事は出来ても制御はうまくない。だから統治の神の魔法が必要になったのよ」
(それはミリア、そなたの役目ではないの)
「どうやら違ったようね、私は力が足りなくて闇の魔法につかまってしまったもの。マコーキンがマルトン神の力を顕現させる者なのよ。マコーキンと同化して鳥の姿になった時に金の翼に導く力の強さを感じたわ、その時に気が付けばよかった」 ジェ・ダンが言った。 (テイリンは静止しているぞ) 「まだ闇の力が強いの。マコーキン、あなたがまずこの空間のバランスを回復する。そうすればテイリンが覚醒して、レリーバのひとつの体に練り上げられた三人の姉妹の魂を解放出来る。そして私が解き放ったアタルスたちの魂と共に六人の魂は自由になる」 ジェ・ダンがミリアの頭にとまった。 (そんなにうまくいくのか、テイリンの力とメド・ラザードの暗黒の毒が相殺しあって、魔法が消滅するのではないか) ミリアがうなずいた。 「そうなればデヘナルテ、魔法が死んだ土地になる。ガザヴォックのような強大な魔法使いが一気に魔法を使う時もまた同じ、光か闇の片方の力が強過ぎてもう一方の力が追いつかず、結局魔法はその場所から消えてしまう」 ジェ・ダンが補足した。 (わしらのような始祖の生き物が死んだ時もそうだ、その場所の魔法も枯れる。これも光と闇、双方の補う魔法が追いつかないためだ) デッサが期待を込めて尋ねた。 (マコーキンの制御がうまくいけば) 「光と闇の魔法が対等の力を持つ魔法の土地が生まれる」 マコーキンが尋ねた。 「私にはどういう事かさっぱりわからない」 「この星の土地はすべて光か闇どちらかの力が強過ぎるの。本来、統治の神の治める星は光と闇の力が均衡しているはず、それを実現させるのが私たち翼の神の弟子の使命なのよ」 デッサが猫なりの微笑みを浮かべた。
(その土地こそがミセルネル、魔法の生まれる地。ここタルミの里がミセルネルがになるのならば、レリーバも喜ぶでしょう)
(第五十二章に続く)
|