雪が静止している。
マコーキンはテイリンに歩み寄った。かつて西の将と呼ばれていた頃、マコーキンはこの魔法使いがこれ程重要な存在になるとは思いもしなかった。いや、魔法についてほとんど知らなかったと言っても良いかもしれない。それが今では世界の中で最も重要だと思われる秤の魔法に関わっている。やはり魔法は不思議だと思った。 マコーキンはいつの間にか自分がミリアの手を握っている事に気づいた、そして笑った。 「ミリア、君はどうも間違っていたようだよ、秤の力は私を選んだのではなくて私達を選んだのだ」 ミリアがうなずいた。 「もしかしたらガザヴォックの魔法が私達を結びつけた事が、この秤の魔法を呼び寄せたのかもしれないわ」 「ガザヴォック老師は悔やんでいると思うか」 「さあどうかしら、闇の魔法も光の魔法も宇宙の秤の重要な要素だから。むしろ混沌とし過ぎて制御がきかなくなるよりも良いと、安心しているかもしれなくてよ」 二人は手を取り合ってテイリンの前に立った。マコーキンが左手を、ミリアが右手を横に上げると、金と銀の翼の形の幻が現れた。二人はその翼でテイリンを包んだ。金と銀の翼の中に淡い光が満ちた。
雪が降っている。
テイリンはティズリが凍らせたレリーバを見つめて、それから何かを感じて振り返った。黒髪の魔術師ミリアの美しい顔が微笑んでいる。
「始めるわよ、マスター・テイリン」
「え、ええ。あの、何か起きたような気がするんですが」
「後で説明するわ、あなたは立派なアイシム神の魔法使いよ、自信を持って」
テイリンは肩をすくめると凍りついたレリーバの額に手を当てた、そしてかつてカインザーの山中で傷ついたゾックを手当てした時の事を思い出した。
(自分にわかる方法でやってみよう)
テイリンは右手をレリーバの額に押し当て、一瞬にして凍結を解いた。次に左手を上空に掲げると、降りしきる雪がテイリンの手の中に集まって吸い込まれた。吸い込まれた雪はテイリンの体を通して右手からレリーバの額に流れ込み、レリーバの後頭部から紫色の霧となって噴き出した。重たい毒の霧はレリーバの後ろの地面を紫色に染めた。
そばにいたティズリが驚いて後ずさると、毒の色はすぐに消えた。テイリンは言った。
「準備は出来ましたレディ・ミリア」
ミリアは倒れた体の上で揺れているアタルス達の魂に触れて行った。
「大丈夫よ、ペテアス、ランドリ、ザムロンの魂はすでに準備が出来ている」
テイリンはうなずくと、レリーバの額に手を押しあてたまま、その美しい瞳を見つめた。レリーバの瞳の色が変化していく、テイリンは瞳の色が変わるごとに力を注ぎ、その魂を体から追い出していった。
三つの魂は美しい娘の姿をとってテイリンの前に立った。レリーバの肉体はテイリンの腕の中に倒れかかった、テイリンはその体を抱いてつぶやいた。
「冷たくなってゆく」
ミリアが三姉妹の魂にたずねた。
「カリバ、キリバ、エリバ、その体に戻りたいかしら」
「いいえ、私たちは戻りません」
「それでは」
カリバの魂は魔法陣のペテアスの正面の角の上に。キリバはランドリの隣の角に、エリバはザムロンの隣の角に立った。ティズリがミリアに尋ねた。
「その六人の魂をどうするんだい」
ミリアは悲しそうな顔をした。
「レリーバの体を元に戻す方法をあなた知ってる」
「無理よ、すでに一つになってしまったもの、三つには分けられないわ」
エイトリ神が言った。
「元々魂と肉体は切り離してはいけないのだ、魂だけを支配しようとするガザヴォックのやり方が間違っている。ミリア、すでに魂がある肉体には別の魂は入れない」
「そうですね。方法は一つ、またあなたたちを未来に放つわ」
元アタルスであったペテアスが不安そうな顔をした。
「カリバと再び会えますでしょうか」
「大丈夫、過去から放たれたあなた達は兄弟に生まれ変わったたでしょう。縁のある魂は引き合うものなのよ、必ずあなた達は出会える。私も長生きだから、いつかまたどこかで会いましょう」
ティズリが不安気に空を見上げた。
「ならば早いほうがいい、黒い秘宝の魔法使いの魂はガザヴォック様の手中にあるのだから」
その時、マコーキンが取り戻した光と闇の均衡に、巨大な闇の圧力がかかった。テイリンが顔をしかめながら懸命に跳ね返す、ミリアはマコーキンの手を握り締めた。
「本当の試練はこれからかもしれないわ」
ミリアとマコーキンを支点にしてテイリンとガザヴォックの魔力がレリーバの別れた三人の魂をめぐって引きあった、空間が歪むかと思われる程の強力な魔法が渦巻く。知恵の獣ジェ・ダンがブンと唸って巨獣デッサの鼻の上にとまった。
(どっちが勝つと思う)
デッサは躊躇なく答えた。
(ガザヴォックだわ、経験が違い過ぎる)
(第五十三章に続く)
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