| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第五十六章 メド・ラザード

福田弘生

 

 マコーキンと共にテイリンとガザヴォックの魔法の均衡を保とうと努力していた女魔術師ミリアは、突然ゾッとする寒気に襲われた。大きな魔法がまた一つ、背後に出現したようだ。
「もう次から次へと、今度は何者」
 そう言って横を向いたミリアの視界をかすめるようにして、若い女魔法使いティズリが雪の中を走った。そして何かをつぶやきながら巨獣デッサの足に左手を触れた、するとデッサの足に白い霜が降りた。デッサが驚いて凍りついた足を持ち上ると、ティズリはその足元から黒い巻物をひったくるように奪って自分の懐に押し込んだ。デッサが歯ぎしりして唸った。
(ラザード、あなたまた娘の体を使って悪さをするのね)
 ティズリの体を操るメド・ラザードがデッサを見上げた。
「私の娘だわ、何をしようと私の勝手」
(そろそろ手を引きなさい、ティズリはそれなりに見どころのある娘よ。あなたの支配を受けたままでは成長出来ないわ)
 メド・ラザードは後ろに飛び退ると雪の中を走りだした、それを見たミリアが舌打ちした。
「困ったわ、レリーバは魂になってしまったし、私もマコーキンもテイリンもガザヴォックへの抵抗で手いっぱい。この状態ではラザードの相手はしていられない」
(私が止めるわ)
 デッサがそう言うと、命じられたかのようにリーダーのチャガに率いられた山猫マーバルの群れがメド・ラザードの前に立ちふさがった。ラザードは躊躇せずに目の前のマーバルを数匹凍らせた。
 デッサが叫んだ。
(チャガ、マーバルを下がらせて。ティズリならばそれ程危険ではないけれど、そこにいるのはラザード、相手を殺すのに躊躇はしないわ)
 デッサはマーバル達を押しのけるようにしてメド・ラザードの前に立った。そして低く首を下げて、メド・ラザードの顔を覗き込んだ。メド・ラザードが手を横に大きく振った。
「おどきデッサ、ガザヴォック師がお前の命を助けたがっている。さっさと東の将の陣営に帰りなさい。レリーバの後任の黒い巻物の魔法使いはこのティズリになる、すでにガザヴォック師がそれを認めている」
 チャガがデッサの足元に潜り込むと母なる巨獣を見上げた。
(デッサ様、ティズリ様の言う通り東の将キルティア様の陣営に戻りましょう。ここでの魔法は私達には難し過ぎます、それに何よりここは寒い)
 デッサはチャガを見降ろした。
(もう戻れません。セントーンでの戦いの決着がどうなるのであれ、これまでの魔法の秩序が崩れ始めています。今大切なのは光と闇の根本の魔法の存在を守ること)
(根本の魔法の存在とは何でしょう)
(今この場所ではテイリンの存在です)
「面倒な」
 メド・ラザードは振り向いて村の北側に走りかけた、しかしそこにはレイユルーに率いられたルフーの群れがいた。メド・ラザードが舌打ちした。
「ああ、面倒、面倒。そもそもここにいるのはほとんどがソンタールの者達でしょう、なぜソンタール六大老の一人である私に逆らうの」
 ルフーの群れの中央に白い光がちらつき、エイトリ神が現れた。
「落ち着けラザード。シャンダイアもソンタールも元は同じ国、光と闇もまた等しく大切なものだ。長年続いた戦いが一つの終局に向かっている、皆がそれに気付き始めたのだよ。いずれか一方では無く、両者を守らねばならないという事に」
 メド・ラザードはせせら笑った。
「確かにここ数年の戦闘でシャンダイアはずいぶん盛り返した、しかしセントーンの首都エルセントが落ちれば一気にソンタールが優勢となる」
 エイトリ神は首を振った。
「エルセントは落ちないよ。すでに黒い冠の魔法使いが滅びた、黒い巻き物の魔法使いも御覧の通り、ライケンとキルティアは連携せずに争いばかりしている」
「だが肝心のシャンダイアの六人の守護者の命が風前のともしびではないか、エルガデール城が落城すればすべてが終わる」
「だがまだ一人も欠けてはおらん。アイシム神の聖宝もバステラ神の黒の秘宝も六つ揃ってこそその力が発揮される。彼らの真価はこれから発揮されるのだ」
 メド・ラザードが唇に笑いを浮かべた。
「そう、秘宝は揃わないといけない。だからこそ、この巻物は渡せない」
 メド・ラザードの足元の白い雪が緑色の霧になって巻き上がった。デッサが叫んだ。
(皆離れて、ラザードは本気だわ)
「私はいつも本気、この土地の毒は私が仕込んだもの。私の魔法はこの土地においてほぼ最強となる」
 ジェ・ダンが抗議するように飛び回った。
(しかし体はティズリだろう、おのずと限界があるはずだ)
「ならば試してみようではないか」
 メド・ラザードは毒の霧を自分の体程もある巨大な塊にして、ミリアとマコーキンにに投げつけた。その毒の塊の前にデッサが飛び出した、毒の塊はデッサの巨体を緑色に染めて散った。メド・ラザードは驚いた。
「デッサ、何をする」
 デッサの皮膚から焼け焦げる様な煙が上がり、その顔が苦痛に歪んだ。
(元々差し出すつもりだった命)
 マーバルが一斉にデッサの元に走った。その間隙をついてメド・ラザードは目の前で手を振ると三日月型の闇を出現させた。そしてその闇の中に踏み込んで消えた。デッサがあえぎながら言った。
(闇の通り道、ティズリのたぐいまれな魔法。おそらくは数百メートルだろうけれども移動できる)
 狼ルフーの長レイユルーが唸った。
(追うぞ)
 デッサがあえぎながら叫んだ。
(やめなさい、メド・ラザードは危険。あなた達を全滅させられる)

 (第五十七章に続く


トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ