エルガデール城の会議室に主だった者達が集まり、マスター・リケルの戦況説明を聞き終わった後、クライバー男爵が敵を分析した。 「つまりユマールの将ライケンは海戦は強いし地上戦も巧み、しかし兵が弱い。東の将キルティアは兵は強く、平地やおそらく山岳地帯での戦いには強いが、城攻めは空っ下手という事になる。しかも両将は協力しあっていない」 息子のアントンが続けた。 「だからエルガデール城はここまで持ちこたえているんです、しかし兵力の差が圧倒的です。もう城を守るのは限界に来ています」 友人のベリックが後を引き取った。 「でも二週間すればロッティ子爵の軍が到着してマルヴェスター様の軍と合流します、そうなれば平地戦では負けない」 スハーラが心配そうな顔をした。 「その二週間の間に、黒い冠の魔法使いの元から解放された巨獣が来襲する可能性もあるわ」 ブライスが首をすくめた。 「でもそれはライケンやキルティアの軍も踏み潰してくれるかもしれないぜ」 その時会議室の中央に座るアーヤの背後にチラチラとした光が瞬き、知恵の神エイトリが姿を現した。見るからに賢者といった容姿の神が告げた。 「その心配は無い、獣は海の中を泳いで来る。セルダン王子が乗った竜に比べればかなり遅い。それにホックノック族が海底の岩等を動かして、獣が泳ぎ辛いように少し海流をいじってくれた。ロッティ子爵より先に着く事は無いだろう。しかしライケンやキルティアの軍にはもう魔法は無い、その獣が魔法に惹かれてやって来るなら、目的地はこのエルガデール城になる」 ベリックがうなずいた。 「獣が来る前に市内の戦闘を終了させ、僕らは巨獣を迎え撃つ準備をしておかないといけないという事ですね」 アーヤが白い髪を掻き揚げてエイトリ神に文句を言った。 「エイトリ様、その現れたり消えたりはやめてもらえない、びっくりするから」 エイトリ神は微笑んだ。 「神界とこの世界を行き来して各地の情報を集めているのだ、仕方あるまい女王」 ベリックの腹心フスツが言った。 「ロッティ子爵が到着すれば、トラゼール城から脱出して来た兵達をまかせて、マルヴェスター様がこちらに来る事が出来ます。あの方の協力は不可欠でしょう」 アーヤの隣に座っていたエルネイア姫が、冷たい目でセルダンを見つめた。 「それで、どうするのセルダン」 セルダンは、ここでは戦闘の事だけを考えるという決意を込めてエルネイアの目を見返した。 「ロッティが来るまで持ちこたえても、ライケンとキルティアがエルセントの城壁の内側にいる限りこの城は解放されない。ロッティの兵には市街戦は向かない、そして無駄な時間が過ぎれば巨獣が来てしまう」 ブライスが言った。 「しかしソンタールの大軍を追い出すのは無理だぞ、出来ればとっくにしている」 「いや方法があると思うんだ、レンゼン王この城の水源はミルバ川ですか」 アーヤを挟んでエルネイアの反対側に座っていたレンゼン老王が、会議に参加出来るのが嬉しいような顔で答えた。 「おおそうだよ、エルセント全体がミルバ川を水源にしている。この城はその水源から地下に引き入れた水を汲み上げている」 「水源はどこにあるのですか」 「ミルバ川のエルセントからやや上流の場所に水門がある、そこから三本の水路が市内に流れ込んでおる」 「ライケンもキルティアもこの都市を占領したがっていた、だからレリーバという毒の専門家がいながら水源に手をつけなかった。その水源を止めてしまいましょう」 ブライスが驚いた。 「それでは俺達も枯れてしまうぞ」 「この城の兵二十日ぶんの水を溜めればいい。それから水路の入り口をマルヴェスター様の軍に埋めてもらう、ライケンやキルティアの大軍は一週間もすれば干上がって城の外に出る」 そう言ってセルダンはベリックとリケルに目を向けた。 「もう考えてあるんだろう」 ベリックがうなずいた。 「最後の作戦でした、これをやればもう本当に後が無い」 リケルが続けた。 「すでに水は一か月ぶん確保してあります。後は水路を埋めるだけで、すでにマルヴェスター様との打ち合わせは済んでおります。花火を上げればそれが合図です」 心配性のブライスはさすがに青ざめた。 「ライケンとキルティアは最後の猛攻をかけてくるな」 セルダンがうなずいた。 「僕が指揮をとる、一週間頑張ろう」 クライバーが嬉しそうに笑った。 「ベロフの抜刀隊が全員城に入っている、もう城壁に指一本かけさせないぜ」 セルダンは少しホッとした、ベロフ抜刀隊は局地戦における最高の戦闘指揮官なのだ。 「良かった、さっそく城壁に配置して」 それからアントンに言った。 「キルティア軍は西の門から、ライケン軍は南の門から流れ出ると思う。マルヴェスター様とベロフには、ロッティが来るまで交戦に入らないように連絡して」 「了解しました王子、マルヴェスター様の軍勢は言わなくても大丈夫だと思うけど」 それまで黙って会議を眺めていたバンドンが頭に手をやった。 「ベロフ男爵が黙って敵を通すとは思えませんねえ、ちょいと行って暴れ出さないように邪魔してきましょうか」 セルダンは笑った。 「頼む」 会議が終わると部屋からあわただしく人々が出て行った。セルダンは黙って立っているエルネイアに近寄ると、手を引いて歩きだした。エルネイアが怒ったように言った。 「どこに行くの」 セルダンは肩をすくめた。 「決まってるだろう、花火を観に行くのさ」
(第六十一章に続く)
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