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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第六十一章 エルセント西平野の戦い

福田弘生

 

 マスター・リケルの打ち上げた花火が冬の空に花を咲かせ、魔術師マルヴェスターの指揮の元にエルセントの水源の運河が上流で埋め立てられた。そして五日後にはエルセントの水路はほぼ干上がった。
 ユマールの将ライケンと東の将キルティアはその間、エルガデール城に猛攻を仕掛けたが、セルダン王子とベロフ抜刀隊に率いられた守備兵はよく戦い、これを撃退した。

 キルティアはカインザーのロッティ子爵の軍が到着する前に迎撃の態勢を整えるため、エルセントの西の門から城外に出てミルバ川を背に陣を敷いた。文字通り背水の陣である。東の将の要塞を出撃した時には五十万を数えた兵の数は、すでに十三万に減っている。ユマールの将ライケンはミルバ川を渡る事を勧めたが、キルティアは応じなかった。
 黒い巻物の魔法使いレリーバが去り、巨獣デッサも山猫マーバルの群れも去った、キルティアは孤独であった。この死線ギリギリの川岸こそが、自分の戦場にふさわしいと思ったのだ。

 一方のライケンは南の門から城外に出てミルバ川を渡った。ユマールから連れて来た四万の兵を無傷のまま残しており、そのうちの二万を船に乗せて海上で待機させた。
 そして自らは直属の二万の兵とキルティア軍から離脱して合流した二十万を率いてミハエル侯爵と共にミルバ川を前に陣を敷いた。そして三百七十隻の戦艦のうち五十隻をヤーン伯爵指揮の元にミルバ川に入れて砲列を並べた。

 やがてロッティ子爵率いるカインザー軍四万が到着した。ロッティは最強の騎兵二万を率いてキルティア軍の下流側に陣取った。相手が川を背にしているため、正面からでは馬が敵陣を駆け抜けられないのだ。
 キルティアの正面にはクライバー男爵がロッティ軍の歩兵二万を指揮して陣を敷いた。
 ベロフ男爵は南方の戦い以来率いているカインザー兵四千でその上流側に布陣した。三部隊共にすべて生粋のカインザー兵である。
 ベロフの後方にはベロフが北進する途中で合流したセントーン兵六千が抜刀隊に率いられて並んだ。ロッティの片腕エンストン卿はトラゼール城から逃れて来た兵の半数四万を率いてロッティ本体の後方に、カインザーのアシュアン伯爵、バルトールのマスター・モントがトラゼール城兵の残り四万を率いてクライバーの後方に陣取った。

 もう一つのソンタール勢力マコーキンは、自らの兵一万にパール・デルボーンの敗残兵一万、合計二万を率いてエルセントを大きく西に迂回した。そしてミルバ川の上流に陣を敷いた。
 バルツコワ将軍はベロフ隊の後方から攻撃を仕掛けるように進言したが、参謀のバーンはこれに反対した。キルティア軍が壊滅した場合、マコーキンの軍がシャンダイア勢力の中で孤立してしまう。むしろキルティアの退路を確保し、それと合流できるようにするべきだという意見だったのだ。マコーキンもこの意見を取った。パールの敗残兵一万はパールの二人の友人ペイジとヒースが指揮していたが、二人はマコーキンの指示に従う事にしていた。

 エルガデール城に戻った魔術師マルヴェスターは、レンゼン王に都市を空にするように依頼した。もはやエルセントには兵はいらない、ここは魔獣と守護者の対決の場所になるのだ。
 この依頼を受け、レンゼン王、エリダー女王、戦死した王の息子のゼリドル王子の妻シリーと二人の息子はクライバー隊の後方に避難した。エルガデール城に籠城していた守備隊の生き残り三万がこれに従って都市の西北に移動し、これまでトラゼール城兵が布陣していた陣地に入った。傷ついた彼らには、さすが戦う力は残っていなかったのだ。この陣地はマスター・リケル、ベリックの腹心フスツとその部下ビンネ、クラウロ、バヤン、トリロらバルトール人達、そしてマスター・アントことアントン・クライバーと、元山賊の頭であるクライバーの友人バンドンが手を尽くして守備に当たった。
 ここにはさらにベリック王の大切な友達、馬と話ができる少女エレーデ、先代ソンタール皇帝の第三子皇子ムライアック、サルパートのエラク伯爵と、バンドンが密かにライケン軍の後方から連れ出してきたレリス侯爵とエスタフ神官長がいた。
 ブライスの乗馬スウェルトも助け出され、アーヤの乗馬とフオラとサシ・カシュウの老馬と共にここに保護された。

 シャンダイア軍総数、十六万。ソンタール軍総数三十九万。なお兵の総数ではソンタールが圧倒していたが、布陣から言って最初の戦いはキルティア軍十三万とロッティ子爵が総指揮を執るカインザー兵四万四千の戦いになる事は明白だった。

 巨大都市エルセントには七人の人間が残された。カンゼルの剣の守護者、カインザーのセルダン王子。カスハの冠の守護者、ザイマンのブライス王。バザの短剣の守護者、バルトールのベリック王。ミルカの楯の守護者、セントーンのエルネイア王女。リラの巻物の守護者、サルパートの巫女スハーラ。アスカッチの指輪の守護者、シャンダイアのアムロリラ・シャンダイア・フーイ女王。そして翼の神の一番弟子、魔術師マルヴェスターである。

 こうしてエルセント西平野の戦いが開始された。

 (第六十二章に続く


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