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シャンダイア物語

第六十三章 戦場の悪魔

福田弘生

 

 ロッティ子爵は何度目かの突撃の後、獅子奮迅の戦いを展開しているクライバーの横に馬を寄せて呼びかけた。
「クライバー、キルティアの軍が上流に流れている」
 クライバーは水車剣を振り回しながらニコニコと答えた。
「ああ、この戦闘、勝ったな」
 ロッティがミルバ川を指さした。
「だが次が来る」
 ライケンの戦艦が砲列を並べる下、小舟で次々とライケン軍が渡河、上陸を開始していた。やや下流にある橋からも続々と兵が渡って来る、クライバーが不思議そうな顔をした。
「ライケンは川の向こう側で戦艦に守られてりゃ負けないんだぜ、何でこっち側に渡って来るんだ」
「わからん、しかし本気で戦う気らしい。これは困った、敵の兵数が多過ぎる」
「しかしキルティア軍よりは弱いんだろう」
「兵は弱いが忠誠心は高いらしい」
「そりゃ他の将も同じだろ」
「ライケンの配下の兵と貴族は先々の帝国内での地位を狙っているんだ。色々と事情があって中々しぶといとベロフが言っていた」
「国がデカイのも面倒なこった、しかし俺達は変わらない。戦って勝てばいい、それだけだ」
 キルティア軍が上流に退却を開始したのを見て、クライバー軍の後方に待機していたアシュアン伯爵とバルトールのマスター・モントに率いられた歩兵四万が、ベロフ軍と交代して追撃にかかった。ベロフは本隊四千と控えの六千を率いてクライバー、ロッティ隊に合流してライケン軍への備えに入った。
 その前方ではエンストン卿の歩兵四万が、川沿いに臨時の陣地を築き始めている。トラゼール城の守備兵だった彼等は防御の陣を構築するのが得意だった。

 一方敗走に入ったキルティア軍に逆行するように、機会をうかがっていたマコーキン率いる二万五千の兵が戦場になだれ込んだ。マコーキン軍は巧みにキルティア軍とシャンダイア軍の間に割って入って、キルティア軍の撤退を援護した。そしてマコーキンと参謀のバーンは、軍の最後方でカインザー軍相手に戦闘していたキルティアに走り寄った。
 マコーキンが叫んだ。
「将キルティア、私が最後方を援護します、ミルバ川を渡って態勢の挽回を」
 キルティアは驚いたようにマコーキンを見つめた。
「そなたがマコーキンか」
「はい、お初にお目にかかります」
「そなたがカインザー軍と戦い続けた西の将か、あっぱれだ。カインザー兵強し、わらわは今日思い知った」
「大丈夫です、相手を知ればあなたにも戦い方がわかる」
 キルティアは笑った。
「もう良い、ここはすでにライケンの戦場、わらわの戦いは終わった」
「しかし」
「マコーキン、そなたに頼みがある。わらわの軍の残りのうち、神官兵以外の八万の兵を率いて主都に戻ってくれぬか」
 マコーキンは驚いた。
「何とおっしゃいます」
 キルティアは血に濡れた剣を一振りした。
「レリーバがいなくなった今、わが命もそう長くは無い。魔法で生きながらえておったが、もう相当な歳なのだよ。神官兵共は主都に戻ってガザヴォックなりメド・ラザードなりの命令に従うだろう、しかし我が兵は良き将軍に託したい」
 その時、マコーキンの心にミリアの声が響いた。
(受けなさいマコーキン、エルセントに近付いたので私の元にも様々な情報が入ってきています。もうすぐ黒い冠の魔法使いの支配から解放された巨獣がここに来るわ、早くこの戦場を離れたほうがいい)
 マコーキンはキルティアに向き直った。
「私はハルバルト元帥の指示無しに帰還するわけにはいかない」
 キルティアは笑った。
「そのハルバルトのためだと思えばいい。ここでライケンが勝てば貴族議会、商人ギルド、魔法学校の三大勢力がライケンの後ろにまわる。そして現在のハルバルト、ゼイバー、ガザヴォックの体制を覆そうとするだろう。そなたは自身の勢力を回復させてハルバルトを助けねばならん」
 政治に詳しいバーンが頷いた。
「マコーキン様、東の将の申し出を受けましょう」
 マコーキンはしばし考えた後、キルティアに答えた。
「わかりました、あなたの兵を引き受けましょう」
 マコーキンはバーンに、乱戦の中でキルティア軍をまとめて戦場から後退するように指示した。キルティアは礼を言うと四万の神官兵を率いて東の将の要塞に向かって退却した。去り際にキルティアがマコーキンに言った。
「マコーキン、ハルバルトを頼む。幼い頃を共に過ごした友であった」
 マコーキンは黙って頷いて東の将を見送った。

 ユマールの将ライケンの軍とロッティ率いるシャンダイア軍が戦闘態勢に入った頃、戦場から離れた閑散としたエルガデール城の上空に竜が舞った。聖宝の守護者達が見上げるとアンタルの心の叫びが届いた。
(来たよ)
 魔術師マルヴェスターと守護者達は城の城壁に駆け登り、遥か彼方の海面を見た。やがて海面に何かが立ち上がった、遠くの距離からでもその巨大さがわかる。
 セルダン王子が仲間を振り返った。
「戦闘を終結させるのが間にあわなかった、ついに巨獣がやって来た」

 (第六十四章に続く


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