セルダンは黒い獣の前でカンゼルの剣をかかげた。三階建ての建物の倍以上の高さでそびえ立つ黒い七本腕の怪物。その怪物は手近の建物の一部を数本の腕でむしり取るとセルダンに向かって投げつけた、セルダンはその破片を避けて不思議に思った。 「デクト、この建物は炭になっていない」 デクトがうなずいた。 「おそらく力を加減しているのでしょう」 そこでセルダンはトルマリムでの黒い巻物の魔法使いとの戦いを思い出した。 「この獣が暴れると大地の魔法が消滅してしまう、でも魔法が無くなった土地にはこの獣は長くはいられない」 「そのようです」 「ならばこの獣を足止めしてその力を使わせ、魔法が無くなった土地で動けなくすればいい」 「なるほど、しかしどうやって止めます」 セルダンは剣を握る手に力を込めた、そして棒立ちになっている黒い獣の足に切りかかった。切り込んだ闇のような黒い足からは跳ね返すような手ごたえがあった。剣と獣の体の間で光と闇がくっきりと分かれ、そして灰色になった。獣が咆哮して後ずさり、セルダンも全身の力が引き抜かれる様な衝撃を感じてよろめいた。 「トルマリムの時と同じだ、一瞬カンゼルの剣から魔法が消えた。これを繰り返せばいいのか」 デクトが首を振った。 「危険です、魔法が消えるだけではありません、それはあなた自身の体にも衝撃を与える」 「痛みなら耐えられる」 その時白い鳥が飛んで来て、セルダンの隣で魔術師マルヴェスターの姿になった。そして頭に手をやって嘆いた。 「わしがいないと、こうも愚かな事をするとは。お前の剣はアイシム神の力の通り道、この獣はバステラ神の力の通り道。際限無い魔法の消しあいになるぞ」 「しかしこの獣の闇の魔法には限界があるはずです、だからこそ魔法が消滅したトルマリムには入れなかった」 マルヴェスターはうなずいた。 「元々はバステラ神の力の通り道として創られた物ではないからな。しかしこの獣との我慢比べはしてはならん、お前の体力にも限界がある」 「それでも魔法が枯れれば獣は倒れるでしょう、僕が倒れてもまだ他の仲間達がいる」 「馬鹿者、戦いはこれからなんだぞ。まだライケンはミルバ川の向こう側にいる、ライケンを追い返してもグラン・エルバ・ソンタールにいる無傷の帝国軍だけでもシャンダイアの全勢力を凌ぐのだ」 そう言ってマルヴェスターが杖をかかげた。 「セルダン、デクト、何としてもこの怪物をエルガデール城へ、アーヤ達と共に戦うぞ」
(第六十六章に続く)
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