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第六十八章 銀色の魂

 ライケンはミルバ川の河口に停泊している巨大な旗艦に着艦すると、ヤーン伯爵に命じてすべての艦の側面をエルセントに向けた。そして全艦の大砲に砲弾を充填させて待機させた。
「怪物がやって来るかもしれない、来たら砲が壊れるまで撃ち続けろ」
 そのライケンの予想通り、黒い巨獣はユマール艦隊めがけて泳ぎ進んだ。やがて獣がその黒い巨体を海上に見せると、ユマール艦隊の大砲が獣を粉々に打ち砕かんとばかりに火を噴いた。
 しかしユマールの戦艦の撃った砲弾は、黒い獣の体に触れるとボロボロと崩れて散った。そして獣は艦隊の船をかき分けながら、まっすぐにライケンの旗艦を目指した。
 巨大な船の上に屋敷のように聳える居住区の屋上でヤーン伯爵が叫んだ。
「ライケン様、獣が来ます」
 ライケンは手すりを叩いた。
「役に立たん守護者達だ」
 その声に答えるように上空から声がした。
「ライケン艦から離れろ、獣はあなたを狙っているわけじゃない、この船を狙っているんだ」
 ライケンは目の前に浮かび上るように現れた竜の背に乗った少年に叫んだ。
「ベリック、お前達には失望したぞ」
「いや、獣の心は闇から解放したんだ、獣は何かを取りに戻って来た」
「あの化け物は何を求めているんだ」
「おそらく魂かそれに近い物。心当たりは無いかな、黒い冠の魔法使いがこの船に隠したんじゃないかと思ってるんだけど」
 ライケンは舌打ちすると、すぐに部下に命じた。
「船底の魔法使いが使っていた部屋を探して来い、何かがあるはずだ」
 数人の部下が階段を駆け下りて行った、べリックが叫んだ。
「そんな事をしている時間は無い、逃げるんだ」
「私は離れないぞ、これは私の艦だ。先祖代々築いてきた大艦隊の中心だ」
「ライケン」
 ライケンはべリックを見上げて笑った。
「不思議なものだな小僧、今までの俺ならば命こそが大切だと思ったろう。しかしここセントーンでの戦いの中で、貴様達やキルティアの戦いを見ているうちに引いてはならない時と場所がある事を知ったのだ。ユマールの将が旗艦の上で引くことなどありえない」
 獣はライケンの旗艦まで泳ぎ着くと、迷わずに艦の横腹に体を打ち当てた。

 代々の黒い冠の魔法使いは、かつて石像だった魂の無い人形のような獣を操り続けた。しかし後に黒い冠の魔法使いとなる翼の神の弟子セリスは、黒い獣との格闘の最中に獣に魂を押し込んだ。正確に言うとすぐそばを泳いでいた魚の魂の半分を獣に押し込んで支配しようとしたのだ。姉のミリアと同じくセリスも魂を扱う魔法を使う事が出来た。
 結局セリスはガザヴォックの強靭な魔法によって黒い獣と結び付けられた。しかしセリスは魂の半分を残した魚を手放さなかった。そし魚を小さな箱にしまい、持ち歩いた。セリスが隠していたのは魂だけではなく、元の魂の持ち主の体だったのだ。その箱が今、ライケンの旗艦にある。

 獣はライケンの旗艦の底にある部屋の壁を引きはがすと、その中にあった小さな箱を爪の先で砕いた。中には一匹の魚が入っていた。魚が水の中に漂い出て獣に触れた時、獣の魂は魚の体に戻った。獣の体はただの巨大な石像に戻り、ライケンの船の底に新たな穴を開けて海底に沈んだ。
 ライケンの旗艦はまるでその石像に引きずり込まれるように真っ二つに割れ、海の中に乗っていた人々を放り出した。
 ライケンは暴風のような黒い渦の中で、最後まで船の残骸の上に立ちながらべリックに叫んだ。
「黒い冠の魔法使いは最後まで俺を滅ぼそうと思っていたのだな。べリック、お前が言っていたマキア王に会う日はどうやら来ないようだ。息子に会って俺の最後を伝えてくれ」
「なぜ僕が」
「一番賢いからだ。この戦場の誰よりもな」
 ライケンの乗る巨大戦艦は黒い渦に引きこまれた。そして、その渦から逃れるように銀色の魚が一匹、美しく空中に跳ねた。

第六十九章に続く

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