ライケンの旗艦が黒い獣と共に渦の中に消えた日の夕方、残った艦船がミルバ川の河岸に続々と着岸した。
ミハエル侯爵は船上で蒼白な顔をしているヤーン伯爵に向かって叫んだ。
「無事かヤーン」
ヤーンも叫び返した。
「生きておる、旗艦が沈没してすぐに引き上げられた」
「ライケン様は」
ヤーン伯爵は首を振った。ミハエル侯爵はため息をつくと、ユマール大陸から連れて来た全兵士に乗船を命じた、そして降りて来たヤーン伯爵に言った。
「やむを得ぬ、この艦隊と兵を無事にユマールに戻すのだ。ソンタールとシャンダイアの戦いの帰趨が見えるまで、ご子息のケルメ・ジマハール様をお守りし、もう一度勢力を盛り返す」
ヤーン伯爵がミハエル侯爵に並んで、巨大な戦艦に乗船する兵士達を見上げた。
「皇子ムライアック様がシャンダイアに投降した事で、ライケン様に関係する皇帝の血筋はいなくなった。残るは皇帝ハイ・レイヴォン、徹底的にこの人物を調べよう。もし優秀な男ならば、彼の後ろ盾になってしまうほうが早く帝国の実権を握れるかもしれない」
ミハエル侯爵もうなずいた。
「ライケン様もそうお考えだった。それにはまずハイ・レイヴォンの元からハルバルトらを遠ざけなければならない」
ヤーンは古い友人を見た。
「やはりバルトール・マスターを使うか」
「ジザレに連絡を取ろう、だがその前にユマールに帰ろう」
「ああ、故郷に帰ろう」
ライケンの旗艦に誇らしげにはためいていた蛸の旗印が、新たな艦に掲げられるのを見上げて二人の忠臣は再起を心に誓った。
(第七十章に続く)
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