エルガデール城の乾いた血の色の城壁の上から、セルダンは戦艦に乗船するユマールの兵の列を眺めていた。
「ライケンが死んで残りの軍勢はユマールに帰るのか、しかしユマール軍本隊は結局無傷のままだな」
ブライスがセルダンの肩をポンと叩いた。
「仕方がない、もうこれ以上は戦えない。ユマールは一種の独立王国だ、ライケンの後を継ぐ息子については知らないが、もう一度攻めてくるには時間がかかるだろう。それからキルティアの残兵は、マコーキンが率いてランスタイン山脈に向かっているそうだ。残る俺達の敵はソンタール本国から遠征して来た兵だけだ」
べリックが大柄な友人を見上げた。
「ライケンもキルティアも、マコーキンもいないままで戦う事は無いでしょう。ぞろぞろと帰って行くんじゃないかな、この戦いはもう勝ちました」
「いや、そう簡単にはいかないだろう。二十万近い軍勢だ、おそらくは南進するのだろうが、ただ進軍するだけで各地に被害を及ぼす。もうセントーンに戦える兵は無い、被害を減らすにはロッティ子爵の軍に追いたて続けてもらうしかないだろう」
アーヤがつぶやいた。
「敵に将軍がだれもいないのなら、こっちの味方にしちゃえばいいじゃん」
べリックが驚いた
「君は時々とんでもない事を言うね。グランエルバの貴族達から派遣されている兵だ、本国に戻るだろう」
「みんなそうなの」
「いや、中には下級貴族や傭兵など、ライケンやキルティアに人生を賭けてここに来ている者もいるだろうけど」
エルネイア姫が険悪な顔になった。
「だめよ、ゼリドル兄さんを殺した者達を味方になんてしないわ」
ベリックが首を振った。
「いや、トラゼール城で戦ったのはキルティアの生え抜きの軍勢で今はマコーキンに従っている。ここに残っているのはセントーンに入ってから、キルティアを裏切って何とかライケンの軍に合流した連中さ」
スハーラが心配そうに言った。
「それでもこちらに引き入れるのは無理でしょう」
ベリックが肩をすくめた。
「可能性はあります、アシュアン伯爵達が連れて来たソンタールの皇子がいるでしょう」
セルダンがムライアック達が避難している北西の方角の空を仰いだ。
「だがムライアックだけで、ソンタール兵を繋ぎとめられるだろうか」
べリックがエルネイアとアーヤを見つめた。エルネイアが睨み返した。
「なによ、あたしは絶対に反対よ」
セルダンがエルネイアに言い聞かせるように言った。
「ソンタールの兵はシャンダイアの民でもあるんだよ、僕らは元々は同じ国の民なんだ」
べリックがアーヤに訪ねた。
「シャンダイア女王、あなたの元に戻って来る臣下に土地を賜ることができませんか」
「土地なんてどこにあるのよ」
「バルト―ル領を割譲したいところだけど、まだ僕はバルト―ルを完全に掌握したわけじゃない。今はまだ、反対勢力をつくりたくない。だけどセントーンの南方でも駄目です、ソンタールに近過ぎる。セントーンの西北、乱スタインの山脈のふもとあたり」
エルネイアが叫んだ
「兄さん達が命をかけて守ったセントーンの領土は渡さないわよ」
「一時的さ、そのうちにソンタールの領土を削り取る」
皆がアーヤを見た、そのアーヤの後ろにマルヴェスターが立った。
「すべては女王の意志一つだ、どうするアーヤ」
アーヤがエルネイアの見つめた。
「ごめんねエル、これ以上戦いを続けてはいけないわ」
(第七十一章に続く)
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