セルダンはカンゼルの剣を持ちかえて大地を渡る風を切った。緑の要塞の近く、丈高い草の草原に立った剣の王子の刃は風を震わせてきらめいた。後ろからブライスがたずねた。
「どうだ、調子は」
セルダンは剣を鞘に納めて振り返った。
「だんだん剣の力が強くなっていく気がする」
「そうか」
ブライスが考え込んでから言った。
「俺も、スハーラも時々聖宝の力を感じなくなる時があるんだ、ベリックからの手紙にもそうあった。何か妙な気分なんだ、でもお前の聖宝だけは力を増し続けている」
「たぶん今はこの剣が一番必要なんだろう、エルの盾の力も弱い時があるようだ」
「思い出したんだが、セントーンでエルディ神の来訪を受けた時、聖なる宝の力は融合すると言っていた」
「つまりどういう事だ」
「これまで六つの宝に分かれていた力が、セントーンでの勝利で一つになったんだ。これからは必要とされる宝に力が集まるのかもしれない」
横でつまらなそうに男共の会話を聞いていたスハーラが言った。
「リラの巻物の力が無くなっては困るわ」
「それは知識で補えばいい」
セルダンは仲の良い友人夫妻を眺めた。
「なあ、ザイマンの王様と女王様がこんな所にいていいのかい」
ブライスが、父親のドレアント王を思い出させる笑顔でおおらかに笑った。
「かまわんよ、ザイマンはデル・ゲイブが見事に取り仕切っている。要塞から解放してやったときには泣きそうな顔で俺に抱き付いてきたもんさ。よくよく戦闘に向かない男なんだろう、奴は根っからの政治家だ。緑の要塞とザイマンの間の輸送はベゼラにまかせておけば大丈夫、そろそろ軍勢が動かせるぞ」
セルダンは東の空を見上げた。
「東の将の要塞を放置しては行けないよなあ」
「セントーンの兵はまだ回復していないからな、セントーンに攻撃を頼むわけにはいかない。だが要塞にいるのは少数の神官兵だけだし何も出来ないだろう」
「だが魔法使いがいる」
「なあセルダン、俺はエルバナ川を艦隊で遡る、陸上部隊の援護が必要だ。東の将の要塞など放っておけ」
「もちろんカインザーの主力はエルバナ川沿いを侵攻するさ。でも東の将の要塞はどうにかしなければいけない」
セルダンはそう言って剣を抜くと東の空に向かって掲げた。
−−−−−−
その頃、北方のバルトール王国の若き国王ベリックは、復興しはじめた首都ロッグのとある商家の二階で二人の客を相手にしていた。
カインザーのマスター・アントの使者のクチュクと、サルパートの聖王マキアの使者のバンダラである。かつてエレーデを育てた山賊一味の頭が、いつのまにかサルパートにおける商売の重要人物になっていた。小太りのクチュクが言った。
「カインザーの商売はほぼ順調でございます。マスター・アントの母君のご協力もありますので」
ベリックはニヤリとした。アントンの美しい母親はたいへんな商売上手だ。イタチ顔のバンダラがクチュクの後を続けた。
「サルパートは王様ご自身が商売に熱心です。サルパートは兵が弱い、そのぶん商売や補給で出来る限りの事をすれば良いという考えでしょう」
ベリックはうなずいた。
「その考えは間違ってないな。セルダン王子達は戦闘でソンタールを倒す事にのみ集中しているけど、実は商人をうまく使ってソンタールの物資を減らしたり物価を不安定にすれば、おのずと帝国は弱くなるんだ。戦力だけでは、いまだにソンタールのほうが圧倒的だからね」
同席していたマスター・メソルが言った。
「ザイマンは私が残した商人組織が機能してます。ユマールは先の戦闘で実際には無傷でしたのでマスター・ケイフの商売も順調。ただセントーンはまだ回復出来ていません」
「仕方ないね、首都のエルセントが半分灰になっちゃったんだから、そうなると問題は」
メソルがうなずいた。
「いよいよグラン・エルバ・ソンタールのマスターと話をつける時が来ました」
ベリックが懐の短剣に手を触れた。
「そうだなマスター・ジザレに連絡を取ろう」
(第三章に続く)
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