うちの課長は最先端。
3.営業会議で最先端!
「葉室くん、予定表の来週のとこ、営業会議ってあるんだけど」
葉室くん。
年下の女の子に職場でくん付けされるのは、どうよ。
いや、待て待て。課長だよ課長。年下かどうかもわかんないし、あっ、ああっ。女の子かどうかも。いや、よそう。こっちの方向に思考を巡らせるのは、封印。
「あひ課長。来週営業部の全体会議があります」
「今『あひ』って言ったろ。ひゃひゃ」
油井係長が手を叩いて笑っている。
絞め殺したい。
「どんなこと、するのかな」
小首をかしげる課長に説明するため、俺たちは課長席の周りに集まった。
もともと課の序列が、イコール席の順番になっているので、この三人は近い。
俺はヒラ社員だけどね。
「前の四半期の結果報告と、次の見込みの発表ですね」
「まあでもメインは営業一課と二課の発表ばっかだから」
油井係長が油断を誘うようなことを言う。気を楽にさせようとしているのだろうが、その考えはあまり好きじゃないな。
「初めてだから、しっかり準備したいの」
A子はまじめだな。ほっとするよ。
「それがよろしいかと。前回の資料を転送しますので、ご覧になってください。その後で実際の会議の流れを模擬してみましょう」
「まあ。お願いしますね」
《なんだ、そんなガチにならんでも》
油井係長が、無粋だなあとばかりに目で訴える。
違いますよ、油井係長。
俺は、可愛い子を野獣の中に放り込まねばならない、断腸の思いなのです。
《営業一課も二課も、必ず課長をやり玉にあげようとしますよ》
さすがに楽天家の油井係長も、思いが至ったようだ。
敵は海千山千の猛者、突ける隙はなんでも突いてくる。
《あの~ボク、当日健康診断があってぇ、代理で葉室くんに出席をお願いしようと思ってたんだよねぇ》
《わかりました。当日は健康センターは休みですが、油井係長も休んでいてください》
《怖っ。怒ってるの? ねぇ、怒ってるの? 》
うるさい。
営業会議に向けて、A子課長と入念に戦略を練るんだ。
戦いは最初が肝心だ。
*********
「早速ですが、阿久戸新課長の加入について申し上げたい」
来た。
阿久戸、と言うのはACT-AのACTから取った姓で、俺が決めた。
アルファベットオンリーだと開発審査の承認欄とか、人名なのか製品なのかマジで分からんことになる。
「営業本部にロボットというのは、正直どうなんだ。製造部ならともかくも」
営業一課長、あなたは星井主任が変装しているんですか。それともあなたが星井主任に、そう言えと指示でも出していたのでしょうか。
「いいのよ、ロボットはいいのよ。でもね、ピンク? 」
髪の色かい。
営業二課長、あなたがキャリアウーマンの鑑であることは社長はじめ全社員が承知しております。あなたの下についた女の子が、早々に社を去っていくことも。
願わくば下々に寛大であらまほしく。特に女子に。
役員の面前、つつがなく発表の終わった一課長二課長が、さあおっぱじめるぞと言わんばかりにA子をやり玉にあげ始めた。
「営業ってのはねぇ、こうなんていうか、人間と人間の妙というか、数字だけじゃ測れないことが多いんだよ」
「あなた、課長よね。下には係長、主任、一般。うちは若い子が多いし、彼らの教育もとっても大切だと思うの。あなた、できて? 」
できて? だって。怖ぇえ。怖ぇよ。
いかんいかん。ここで怯んでは、いかん。
新生商品企画課のためにも、課長のためにも、俺が切り返さねば。
そう生つば飲んで覚悟を新たにしたところで、隣のA子がすっくと立ち上がった。
関節の駆動音が、美しい和音にスパイスのような不協和音を多少混ぜ、会議室に凛と響く。
思わず感嘆の声を漏らす一同。
みな、モーター営業ウン十年の筋金入りのモーター屋だ。
その動き、その駆動音に心を打たれないものは、いなかった。
「わたくしはロボットですが、一人で働いているわけではありません。課員は人間です。みな、課を守って務めること、わたくしより先んじております。上下の別はあれど、お互いに補って業務にあたります」
そして静かに一課長に向け会釈する。
「さ、さようですか」
キュッと首のドライブが鳴り、今度は二課長に向いた。
思わず、ひっ、と息をのむ二課長。
「本日午前、気になる点から着手させていただきました。社内や社外のメールの書き方、印刷文書の書式、コンプライアンスの確認等々」
そういや、後輩連中が課長席にちょくちょくお伺いしてたな。
早速こんなことをやっていたのか。
「ビジネスマナーやモラルについて、何も厳密であればあるほど良いとは思っておりません。ただ、ちゃんとするのも、みんながバラバラにやってはもったいないです。統一されていることが大切です」
役員が大いに頷く。
「そこがうちは、なかなかできておらんでなぁ」
「こないだもメールで周知が飛んでましたよねぇ」
面々も、A子の発言には、共感しきりの様子だった。
「髪は協力会社の中から、最も難燃性に優れたサンプルのモニタをさせていただいております」
悪戯っぽく微笑む姿に、男連中は相好を崩す。
「大盆(おおぼん)ゴムやな。あそこは付き合い長うてなぁ」
関西支店長が話題に食いついた。
「乱原さん、阿久戸課長に同行してもらったらどうです」
この関西支店長、名を乱原(らんばら)と言う。
営業部でも古参の筆頭、雑魚とは違う。
「ええなあ。話に入り易うなるなぁ」
乱原支店長は職人気質なところがあって、本当は認められるまで時間がかかるんだ。いいぞ、悪くない。つかみは十分だろう。
しかし。しかしだ。
A子は鋭敏にも、俺の視線に気づいたようだ。そういうセンサーってあるんだろうか。
俺が軽く首を横に振るのを、怪訝な顔で見つめている。
やはりわからないんだな。加減というものが。
一課長も二課長も、口を一文字に結んで沈黙している。
図らずも、役員の前できれいにカウンターパンチを受けてしまったのだ。二人とも内心では穏やかではないのだろう。
課長、彼らの中の、どうにかして反撃してやろうという気持ちをいなさないといけないんです。
「なるほど、新課長のお考えの一端、見せていただいた」
会議のジャッジである役員が、時計を見ながら場をまとめにかかった。
「一課と二課、関西は本日発表の方針で結構。商品企画課は再検討をお願いしたい」
それを聞いた一、二課長は溜飲の下がる思いだったろう。表情の険しさを解いて席を立った。
「応援してますよ、阿久戸新課長」
「お手並み拝見いたしますわ」
二人とも大人げないというか。
紳士然とした言葉を残したが、やれやれ。宣戦布告みたいなもんだろうな、ありゃ。
「再検討ののち、直接私のところに報告するように。それではお疲れさま、解散」
四半期に一度の重圧を解かれ、老いも若きも体をほぐしながら会議室から去ってゆく。
「お前、しっかりせんかい」
あとに残った乱原さんが、俺に檄を飛ばした。
「あの、わたくし、なにか」
A子は右往左往、おろおろしている。
感情表現については、ほんと高機能だなあ。
「再検討、というのは試算に問題があったからやり直しということですね」
乱原さんは、いやぁいやぁと手をひらひらさせている。
そうなんだ。うちの課が練りに練った計画書は、決して甘い見積もりではなかった。
なのに。
「課長があんまし出来が良さそうだったから、もうちょっと無理させてやれ、ちゅう考えが湧いて出たんやね。ハードル上げたれ、いうわけですわ」
そういうことなんだよな。
最初だからそこそこのアピールで、余力を確保するべきだったよ。
「でも、わしはこれで良かった思う。そこの兄ちゃんが、そこそこのアピールで余力を確保しようとか考えて入れ知恵しとったら、わしらにはお見通しだったよ」
ギクッ。
乱原さんにも邪念センサーがついてるんだ。きっとそうだ。
「それをやらんかった。だから役員も前に進む気になった。ええですか、阿久戸課長。全員に好かれようと思ったらあきまへんで。今日、あんたさんは誰と張り合うて、誰と結ぶべきかをご存知になったんや」
「はい」
A子は両手を胸の前で組んで、感謝感激のポーズだ。
分かりやすい。
「後はそこでへこんどる若いのが何とかしてくれるさかい。ほなまた」
いいとこだけ持って行ったな、乱原さん。
俺はあの一、二課長コンビと張り合うのはごめんなんですけど。
終業のチャイムはとうに鳴り、今鳴っているのは残業のチャイムだ。
窓の外はとっくに真っ暗。
油井係長は当然有休とってる。
「葉室くん、今日はありがとう」
席に戻った俺に、A子が笑顔を向ける。
その、最先端の粋を集めた不思議な笑顔で、十分お釣りがくると思ってしまった。
「いいえ、課長こそお疲れさまでした」
俺も、彼らも、みんなモーター愛にあふれてるんだ。
ビバ、最先端課長。