うちの課長は最先端。

4.展示会で最先端!

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「すっごぉい、ロボットがいっぱいいるよっ」

「そりゃそうですよ、日本はおろか、海外からも来てますからね」

ここは東京ビッグサイト、今日は日本でも有数の、産業用ロボットの大展示会だ。

開場前のブースでは、各企業が本番前の最後の微調整中だ。

順調なトコは、既にモーター音を響かせながら、デモンストレーションに入っている。


「葉室くん、あのカニの爪みたいなの、すごいわっ」

「あー。あれは半導体用のやつですねぇ。高速、高精度、高繰り返し再現性。価格も高そうだなぁ」

我らがA子課長は、もうずっと目がハートだ。

「あれ、見て見て」

他とは異なり、通路に沿って横長のブースがある。

同じようなオレンジ基調の配色の腕が、整然と並んでいて壮観だ。

自動車メーカーのラインロボだな。地の利を生かした見事な戦略。あんな横長ブース、誰がどう使うのかと思ってたら、その手があったか。

「ふんっ、はあっ」

そいつら相手にA子が片端から、カンフー映画のマネで組手していく。

「やめんかいっ」


「ロボットメーカーがメインですが、うちみたいなパーツメーカーもちらほら出てますね。ほら、あそこ」

同業最大手のライバル企業、南洋モーターだ。客層を絞ってのことか、産機用の大型タイプが並べてあるな。

ロボットだけでなく、モーターも大好物だったらしい。A子はすっとんで行ってブースに張り付いてしまった。

南洋モーターの社員さんたちが、突如襲来したピンク頭のロボ娘にパニックを起こしている。

まるで猛烈元気な犬の散歩のようで、A子を目当ての展示物から引き離すのにひと苦労だった。


「みんな、お疲れ~」

「葉室さん、お疲れッス」

「課長、お疲れ様です」

先入りしていた後輩たちが、A子の元に集まってきた。

「みんな、今日はよろしくお願いしますね」

「はいっ」

いい返事だ。A子課長の元、団結して展示会を成功させるんだ。

「商品企画課、結構いるじゃん。僕、いらないんじゃないかな」

皆で円陣でも組もうかという盛り上がりだったのに、誰だ、気勢を削ぐようなことを言いやがるやつは。

「営業二課のナンバーワンたる、この新海田(しんかい・でん)が直々に展示会で顧客対応なぞ、まさしく費用対効果を省みない愚行」

長い前髪をかき上げ、嫌味ったらしいことを言う。

曲者ぞろいの営業部でも、一、二を争う変人だ。さらにタチの悪いことに、先の社長賞受賞者なんだよね。まぐれだまぐれ。

「葉室くん、今とっても酷評された気がするんだ」

みんな、邪念センサー標準搭載だな。

「お気のせいです。本日はご助力いただきまして、誠にありがとうございます」

嫌なヤツだが、二年先輩なんだよね。社会人なら序列は大事だ。

「ふん、わかってりゃいいんだ。今日は代理店さんが来るぐらいだから、楽にさせてもらうよ」

営業のサガと言いますか、自分の客じゃなかったら、ほんっと力抜きよる。

まあ、自分の顧客に集中する、営業の正しい姿だと言えなくもないが。


開場十分前だ。

「課長、見ないな」

「どこに行ったんすかね」

課員たちも知らないようだ。

「そう言えば、宣伝映像のナレーター嬢も来てませんね」

なんだか嫌な予感がするぜ。

この予感は、間違いなく当たる。

「みんなぁっ。このカッコ、どう? どう? 」

「ほら当たったぁああ! ! 」

女子更衣室から、黒のトレンチコートの下はタイトなレザースーツ、そして紫のサングラスを掛けたA子が飛び出してきた。

設営に使ってたハンドクリーナーを銃がわりに構えてポーズを決めてる。

「突入するぞ」

一瞬かっこいいと思ってしまった自分が情けない。

「課長、ボーナスはずんでよね。ね、どう? 決まってる? 」

子供のような笑顔だ。まあ彼女はベースがそういう造形なんだが。

「カッコいいですね、少佐」

研究開発部では、さぞかしそういうのが好きな人たちに囲まれていたのだろうよ。

それにしても、その格好で一日展示会に臨むつもりなのだろうか。

「お客さん、喜ぶかな」

ごく一部だろうがな。

「おいおいおい。課長自ら陣頭指揮ですかい」

しまった。早速新海に見つかっちまった。

面倒なことになりそうだ。

「課長、着替えましょうね」

「えーっ。なんでぇ。どうしてぇ」

駄々をこねるロボ。ほんっとになんでもできるな、いらんことも含めて。

「噂の、R&Dから来た新任課長ってのは」

「はぁい。わたしわたし。ACT-AのAはステート・オブ・ジ・アートのA」

キャッチフレーズを唱えながら、相変わらずポーズを決めている。

「ま、いい。ロボットってのは、いいだろう」

いいんかいっ。

何か? 二課長もそうだったけど、二課の基本方針は『ロボット課長容認』か? 

「R&Dから来て、曲がりなりにも営業部の一部たる商品企画課の課長にいきなり就任。こいつはいただけないぜ」

新海が、なんだかややこしいいちゃもんをつけはじめた。

そうなのだ。営業部の前線部隊は、往々にして技術部門と仲が悪い。

自分たちが会社の外で、お客にああだこうだ要求されたり叱られたりしてるのに、技術部門は会社の奥に引っ込んでやり過ごしている、かのように見えるからだ。

「新規開発品のアピールも、うちの大事な業務の一つです。研開から人が来るのは悪いこととは」

「葉室よぉ。そんなこたあわかってるさぁ。問題はその新規開発品だ。最近、なんか量産ラインに乗りましたっけぇ」

「量産に至らなかったから無駄だったってのは、極論です」

そう反駁した俺の後ろにA子が隠れ、そっと新海をのぞいている。

かわいいな。

いや、ダメだろ課長が隠れてちゃ。

助け舟出して攻撃がかわせるとは思っていなかったが、少なくとも議論のターゲットは俺に移った。

俺たち商品企画ってのは、技術と営業の中間だ。こういうやりとりはね、日常茶飯事なのよ。

「まっ、今日のお客さんも量産品目当てだ。既存品の改善ならいざ知らず、新規開発の問い合わせは無いだろうよ」

新海は捨て台詞を残して喫煙所に去ってゆく。

「ロボっ子課長さんの出番は、無ぇ」

なんて奴だ。同じ部内の仲間に、何てこと言いやがる。

「葉室くん」

A子の心配そうな声で我に返る。

握り拳が血の気が引いて白くなるほど握っちまってた。

「わたし、着替えて来る」

顔を見せずにくるりと背を向け、さっき出てきた更衣室に逆戻りだ。

ブース内がドーベルマンのような唸り声に満ち溢れている。

見れば課員全員が、新海の去った方に怨念のこもった眼を向けていた。


新海さん、最先端の涙を流させた罪、軽くはなさそうだよ。


***************


オープンしても、すぐに会場にお客さんがいっぱいくるわけじゃない。

午前中はぼちぼち、午後からが本番ってのが例年のパターンだ。

今年もご多分に漏れず、その流れで決まりのようだ。少なくとも午前は会場全体にお客が少なそう。

新海の言う通り、珍しいモノ見たさに来る客は少ない。お客さんの聞いてくることも、毎年似たり寄ったりなんだよね。

「最小購買数はいくつですか」

とか、

「パンフの英語版ありますか」

とか、

「ワタシノ国デハ、ドウヤッタラ手二入リマスカー」

とかだな。

答えの方も大体、

「生産状況によって変わりますんで、まずはお問い合わせ下さい」

とか、

「どうぞお持ちください」

とか、

「マズハ、オ国ノ代理店二オ問イ合ワセクダサイー」

だよね。


課員が交代で食事を取ったところでそろそろ、会場は熱気が満ちてあふれてきた。ここからが本番だ。

課員たちはお客さんの対応に追われ、目当ての商品に誘導したり、パンフ渡したりと大忙しだ。

新海もひょっこり戻ってきて、首から下げた入場者証の会社名を選び抜いて声を掛けている。

A子は元のスーツ姿に戻り、ブースの隅っこの新規開発品のコーナーで、お声がかりを待ってるところだ。

もう三時前。

みんな順調に名刺交換したり、「奥の商談ブースで詳しいお話を」とかやったりなのに。

「立ち仕事に向いてるなぁ。さすがは、だぜ」

新海が、お客を送って戻りしなに嫌味を言いやがった。

そしてちょっぴり目を伏せるA子。

聞いてた課員が再び牙をむいて唸り声を出す。新海、順調にうちの課全員を敵に回しつつあります。

しかしA子が目を伏せた、その目線の先には待望のお客様第一号がおいでだったんだ。

「あのう、お姉ちゃん」

い、いいんだ。ブース訪問者のカウントルールに、お子様は数えませんとは書かれちゃいない。

「い、いらっしゃいませ。ご希望の商品は何かしら」

「あのう」

その男の子は、両手でスマホを差し出した。

「バッテリー切れちゃった」

俺は膝をがっくし折りかけた。課員たちも心の中でノォーとか叫んだだろうよ。

しかしA子は子供の目線にしゃがんでピンクの髪をすくいあげ、うなじをその子に向けたんだ。

「スマホ使えないと、迷子になっちゃうね。お姉さんに任せて」

ポケットから取り出したケーブルで、うなじに浮き出たコネクタとスマホを接続する。

一拍置いて、男の子のスマホが「充電開始」の表示とともにチャイムを鳴らして生き返った。

「わああっ、すごいっ」

A子は胸ポケットから出した紫色のグラサンを掛け、眉間にしわをよせる。

「状況は」

「カッコいいっ。少佐、通信回復っ。おじいちゃんがゲートで待ってるって」

メッセージ機能も回復、迷子の危機から救われた男の子は、待ち合わせの相手に自分のロケーションを送信。最近の子供って、文明の利器を使いこなしてるよなぁ。

「お姉ちゃん、ありがとうっ」

もう充電はいいのだろうか。男の子はスマホ同様元気を回復し、ブースを飛び出していった。

「うふふ」

嬉しそうに手を振って見送るA子。

「研開は」

新海が再びみたび、何事かを言いかけたので、課員総出で威嚇する。

大金はたいて充電器作ったのかよぉとか言いかねない。

「葉室くん、今怖い顔しなかった? 」

「ご安心ください課長。しておりません」

この顔はあなたに向けたものではございません。

さすがの新海も、暴挙に出るのはやめにしたようだ。大人しく量産品の大型モーターコーナーに逃げて行った。


「量産品の方、かなり盛況ね」

裏の休憩所で一服しようと抜け出すと、A子もついてきた。

「課長、そういう客層なんです。この展示会は産機メイン。新規開発の特殊駆動系とかで目を引くのは、ちと難しいかと」

俺が説明しても、A子は首を振るだけだった。パイプ椅子の上にさらに体操座りしている。

「知ってたよ。役員さんが出発前にね、今日は量産品メインの展示会で、みんな新規開発は押そうとしないから行ってひっくり返して来いって」

しまった、そうだったのか。

それならそうと早く言ってくれれば……いや、そうじゃない。

『役員さんが新規開発製品も押しなさいって言ったの』なんて、言えないよね。

だってみんな量産品のお客相手にした方が、実績上がるもん。

現にコーナーを死守するA子の今日の成績は、ドベだ。

彼女にとっては、研開出身の自分がこの展示会で新しいお客を捕まえてこそ、目標達成なんだ。

「課長」

「はぁい」

首のモーターが元気なくきしんだ。

「まだ時間はあります。もうひと頑張りと行きましょう」

吸いかけのタバコが赤いバケツに落ちて音を立てて消える。

「うん、そうしようそうしよう」

体をシャクシャクいわせてほぐし、A子はローラースケートで滑って先行した。


「ああっ、課長。お待ちしてたんっすよ」

課員が手招きしている。

見れば、彼の前にさっきの男の子のが立っていた。

「おじいちゃん、あのお姉ちゃんだよ」

「どれどれ」

男の子は、今度は保護者と一緒だった。上品そうな老紳士だ。

いい子だなぁ。お客さん連れてきてくれたんだねぇ。君みたいな子は、俺大好き。

「商品企画課長の阿久戸と申します」

A子は今日初めて名刺を渡す。同時交換で、サマになっている。

が。

柔和な顔を見せていたのはそこまで。おじいさんの顔は、やにわに厳格なドンの顔つきに変わった。

「見よ、この髪の毛の色」

後ろで新海が握り拳で口元を隠し、ウシシ笑いのジェスチャーしてる。

ヤバいぞ。この手の人、『近頃の若いモンは』モードにすぐ入りかねないっ。

しかし、そんな俺の懸念も、新海の期待もあっさり裏切られた。

おじいさんがA子の頭を撫でている。

「娘が、この色が好きじゃった」

A子はまぶたをキュイキュイ音を立ててぱちくりさせている。

「化学繊維にして高い導電性を持ち、耐久性は失わずして、さらに配色が可能になった。魔法の繊維じゃ」

「あ、あなたは」

A子が受け取ったままの姿勢で持っている名刺を横からのぞき込む。

他でもない、わが社の協力会社にして大口顧客の『大盆(おおぼん)ゴム』、しかもその会長だ。

A子の髪の開発者、サプライヤーということだ。

「関西からわざわざ、こっちの展示会にお見えとは」

「構わん」

俺が慌てて伺候すると、笑いながら手を広げてそれを遮った。

「その髪の化学繊維は、彼女の腱にも使われておる。金属より強化化繊の腱駆動の方が軽量化も図れる」

「おい、あそこの人」

「大盆さんだ。関東には滅多に来ないのに」

大盆会長の顔を見とめた客が足を止め、集まり始めた。

A子はたちまち人だかりに囲まれる。ビジター、展示者、プレス。様々なステータス。

「彼女の足の駆動系は」

「首は」

「繰り返し精度はどうなんですか」

「彼女のように、据え置きやレールではなく自由移動型のラインロボはできないんですか」

課員も新海も質問の対応に追われるが、新海は量産品しか知らないし、うちの課員も俺も、A子と出会ってまだほんの少し経っただけだ。

よぅし。

切るぜ、営業のスキルカード。

「皆様、ご質問ありがとうございます。順番にお答えしますので、挙手願います」

俺がアナウンスした瞬間、課員が宣伝映像のナレーター台にA子を案内し、スポットを当てた。

ノリの分かったお客さんが付き合いよく、真っ先に手を挙げてくれる。

「じゃあ、プレスです。彼女は量産予定はあるんですか」

「いきなりド直球ですね。開発のための開発では、断じてない。ここは『未定です』とは言えないところ。それでは回答お願いします」

A子も間髪入れずに答えた。

「未定です」

「えーっ」

ブースが沸きに沸く。

お約束の展開に、プレスさんも満足げだ。

歓声を聞きつけた人が、さらに人を呼んで集まり、大にぎわい。

質問は真面目になり、新規開発品の問い合わせは山のように続いた。

課員は質問者に名刺をもらいに回り、ちっとも減ってなかったプレス向け開発情報の一枚ものパンフは、見事に全部はけて出た。

本日の展示会最優秀営業成績者は、逆転大勝利でダントツトップ、A子課長だ。

A子はアイドルの記者会見よろしく愛想を振りまき、技術面の問いには最先端の粋に恥じない知識で即妙の答を返し、展示会は盛況のうちに閉幕を迎えたのだった。


「また次の展示会も、盛り上がるといいですねっ」

「打ち上げのビールが楽しみだぜっ」

興奮した課員たちの口ぶりは、今日の彼らの達成感を示している。

滅多にないんだよ、こういういい雰囲気。いつもは「疲れた、さっさと帰ろうぜ」なんだよ、本当。

そんな課員たちの盛り上がりを、俺は通路を挟んだ向かいから大盆会長と二人で見ていた。

「乱原も、お前らも、もったいぶってくれたのう、おい」

怖ぇえーっ。ドン大盆。

ひとにらみされただけで寿命が縮まる思いだよ。

お孫さんを側近らしき人に預け、単身最後までお付き合いくださったのは、感謝感激なんですけどね。

閉幕して早々、業者さんはブースの解体を始めた。

いつもはなんでそんなに怒ってるんですかっていうぐらい怖い業者さん、寛大にもナレーター台は最後に回してくれている。なぜならA子がいまだに余韻に浸っているからだ。

「うふふふ」

目を閉じて、胸に手をやり背をそらす。

業者さんが取り壊す寸前のナレーター台で、A子がうっとりのポーズをしているのが見える。


大盆さんは言った。娘がこの色を好き『だった』と。

作業が進み、ブースは形を失ってゆく。

A子を見つめていた彼が、誰に聞かせるでもなくつぶやいた。

「御社の新規開発計画に、残余の生を捧げまする」


最先端のうっとり娘は、一人甘美な余韻に耽る。

その身に人の夢と悲しみをのせて。

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