うちの課長は最先端。
5.インターミッション ~量産試作~
「雷ちゃん、お疲れ。大盛況だったらしいねぇ」
「星井主任こそ、出張お疲れ様です。飛行場から工場まで、遠いですもんね」
うわー、疲れた顔してる。
《そうなのよ》
声に出さずに顔で語ってるし。
「お客さん、うちの製品を採用するかしないかの最後の一押しですもんね」
《そうなのよ》
星井主任はパーティションに顔を乗せる。巨漢が可愛らしいことするもんだから、アメコミライクでユーモラスな姿に。
この間のサンプルを欲しがったお客さんは、順調にわが社のモーター採用に向けて話が進んだんだ。
その結果、お客さんは生産ラインを実際に見学するステージに移行。星井主任はラインの問題をあれこれ指摘されて、宿題を出されてそして今に至る。
「星井主任、元気出してください。ショボいネタで良かったら一つ」
《なに》
「こないだのサンプル、廃棄申請出したら受け付けてもらえるようネゴしました。いざって時にはお客さんにあげちゃってもいいように」
「雷ちゃん愛してる」
やっと声が出ましたね。
「小さなネタで恐縮です」
「愛してる。でもダイジョブ。お客さん、サンプルもう送ったって」
今度はこっちが肩を落とす番だ。はぁ。
「元気出た。元気出たついでに一つ」
見上げ入道が山を越えるがごとく、星井主任の上体はパーティションを越え、こちらに耳打ちしてきた。
「上が、A子ちゃんを工場に行かせようとしとるね」
なにぃーッ。
星井主任がのけぞった。反動でパーティションが倒れんばかりに揺れる揺れる。
「怖ッ。雷ちゃん、怖ッ。俺、雷ちゃんのそんな顔、初めて見たよ」
一課長。それとも二課長か。
展示会での成功が面白くないのか、だいぶ具体的に魔手を伸ばしてきたな。
「実は、俺の例のお客さん、もっかい工場行くんだわ」
「えっ。二度目が」
星井主任が嫌そうに頷く。
「お客さんのお客さんと一緒に来るんだって」
あちゃあ。これはシンドイ。でも、この業界の宿命、完成品メーカーに遠ければこうなる。うちなら駆動システム屋さんが直接のお客で、その駆動システムを採用する完成品メーカーさんがお客さんのお客さんだね。
例えるなら、モーター、パワーウィンドウ、車、の関係みたいな。
「いつです」
「まだ先だから、それまでに出された宿題、解決しなきゃだよ。じゃあねぇ」
星井主任は同僚に呼ばれ、自席へと帰っていった。
ゆゆしきことを聞いた。
うちの大事な課長を、生産ラインに転属させる陰謀が巡らされているッ。
工場さんにゃ悪いが、最先端の花は簡単には譲れないぜ。