うちの課長は最先端。

9.お披露目で最先端!

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「あれ、営業一課、慌ただしいな」

定時間際の営業部、一課課長が周りの人を集めている。

うちの課にも、お集まりくださいのおふれが言伝で回ってきた。

「なんです」

俺は油井係長に尋ねた。この人が知らなかったら誰も知らないはずだ。

「星井くん、今月いっぱいだってさ」

な、な、なんだって。

き、聞いてないぞ。

久々にショック受けたよ。一言ぐらい何か言ってくれても。

俺だけじゃなく、このニュースに衝撃を受けている人間は多いようだった。

「人事通達は来てなかったじゃないですか」

あまりにも寝耳に水になったのは、そのせいもあるよ。

「有給消化があるから、この挨拶の方が先になっちゃったんだね」

いずれにしろ、一課のエースの離脱は衝撃となって営業部中を駆け巡ることになった。

ちょっと、本人とちゃんと話しなきゃ。


「星井主任」

定時後の喫煙所、彼は人のいない喫煙台を選んで、壁に向かい合っていた。

まるで『話掛けないでネ』と言わんばかりに。

「あ、ああ。雷ちゃん、なんだか久しぶり」

とってつけたような笑顔だが、案外いっつもこういう入りから話が始まるんで違和感がない。

沈黙。

そうだよね。何ていったらいいのか、わからないもんだよ。こういう時は。

いきなり、『いままでお世話になりました』って言う? 

『どうして辞めちゃうんですか』の方が、名残惜しくてよくない? 

あ、そう言えば。

「工場の開発費の件、まだクリアしてないですよね」

「ぶははーっ」

煙を吹きながら派手に笑う星井主任。周りが煙でもうもうとして、ランプの精みたいになってる。

「そ、そうきたか。腕を、腕を上げたね、雷ちゃん」

へろへろと喫煙室隅っこのベンチに倒れ込むランプの精。

「もう、お前に教えることは何もない」

「いや、何で辞めるのかちゃんと教えてくれないと」

うまいこと逃げようとしたよ、この人。


「んでさ、あの時の売り上げも本当は一課長が無理しなきゃもうちょっと行けたと思わない? その後平気でああいうこと言うもんだから」

うおおーい。もう残業チャイム鳴りまくって、八時過ぎてるのに。星井主任、この調子だと警備員さんに追い払われるまで語り続けそうな勢いだよ。

「あの、日を改めて外で」

俺の提案はあっさり却下だった。

「外ではもう、会えないと思った方がいい。会わないほうがいい」

黙って視線を交わす俺たち。

「競合他社に行くんですね」

星井主任は、今までで一番の複雑な表情で頷いた。


********


「久々の展示会ですよ、みんな、気合い入れて頑張ろうぜ」

「おうっ」

油井係長の音頭で、課員が一斉に気合いを入れる。

いいチームだ。しのぎを削り合いつつも、足の引っ張り合いではない。

もし俺が抜けたらどうなるんだろう。そんなことをふと、考えてしまう。

やばい。星井主任の競合他社への転職は、俺の心に暗い影を落としてしまったようだ。

思えば駆け出しのころから、星井主任との仕事で鍛えられたからここまでやってこれるような気がする。こないだのライン増設うんぬんの件もそうだったけど、彼から学んだことは、ホントに多かった。

「課長、ついに本番ですぞ。完体ロボット展示会」

「はいっ。緊張するねっ」

そ、そうだ。腑抜けている場合じゃない。

ついに待ちに待ったA子の本気のお披露目、完体ロボの展示会なんだ。

主催課の課長の晴れ舞台に、課員がよそ事考えててどうする。

「よしっ、やるぞッ」

俺は自分の頬を叩いて気合いを入れた。

「その意気だっ。みんな、葉室くんに続くんだぞっ」

おおっ! 

課員たちが盛り上がる。

今こそ内外に知らしめる時だ。

うちの課長は最先端、だってことをな。


******


舞台は幕張メッセ、この間の規模とは段違い、産業博ってよりは、むしろ一大エンターテイメント。

近未来的なコンセプトで、どこも選りすぐりの演出を仕込んでる。

うちも負けちゃいられない。

今回は社長の号令のもと、全社一丸でACT-Aを押し出すぜ。

「大盆会長、乱原さん」

「久しいな、若いの」

あの時ぶりの関西グループは、秘蔵っ子のお披露目とばかりに応援に駆け付けて下さった。

「今日は阿久戸はんの晴れの舞台や。しっかり盛り上げたるんやで」

そう、ブースの展示はA子関連に統一、量産モーターのモの字もない。

にもかかわらず、だ。

「新海さんは今日はなんでいるんですか」

「ちっ。応援に来た同僚に対し、なんたる暴言」

あなたに言われたくはないよ。この暴言王子。

「まあいい。応援とは言ったが、ここにはあまりいないかもしれない。メインは競合他社の調査だからな」

ほほう。まあそれも大事なお仕事ですからな。

ふーんといった顔で聞き流そうとしたら、珍しく嫌味の抜けた顔をしてささやいてきた。

「お前さんも行ってみるといい。おすすめは南445だ。じゃあな」

うーん、いつもは行かないんだけど、今回は特殊だし、後でぐるっと回ろうかな。

「わしらもぐるっと見て来るから、また後でな」

乱原さんたちも新海に続いて見学に出て行った。

開場してすぐ人の波が通路を埋め尽くし、対応に追われて出歩く余裕もなくなった。

まるで自社のブースが、荒海に浮かぶ孤島のようだ。


A子は黒を基調に青の混じったデカダン・スタイル、人造人間にだけ許されるファッションだ。

A子がナレーター台に向かう前に、手を出してきた。

「マスター、スパッド」

それ、もらうんじゃなくて渡す方だよね。

むしろマスターはA子の方な気がしたが、俺はマイクを差し出し、自分のマイクで前説を流す。

「皆様、本日は多数の出展者の中、弊有栖川モーター、ACT-Aブースに足をお運びいただき、誠にありがとうございます」

ブースは決して大きくない。ケチったんじゃないよ。

あんまし広いと、間がもたないというか、うちはA子しかいないからな。

来る人もA子に集中しやすいだろうと思ったのさ。

確かにブース費用は安くなったけどね。

「オフィスマネジメント用コントローラ、ACT-Aでございます。AはState of the ArtのA」

こうしてマイクを持った姿を見てると、ウグイス嬢みたいに見えてきちゃった。

もしくはバスガイドさん。

「右手をご覧ください。いえ、私の右手です」

サクラの乱原さんたちの笑いを待たず、ブース全体が笑いに包まれる。

良かった。もう後はなんとでもなる。なるようになる。


でも、ちょっと待てよ。

これって商品の展示会だよね。お客さんが見に来るんだよね。

『パパーっ。あれ買ってーっ』みたいにはならなくても、商品は買われたら売れるよね。

売約済みの札をキョンシーみたいに貼って並ぶ量産型A子を想像したが、思わず吹き出してしまって、俺はその方向の想像はあっさり封印してしまった。


が、その封印されたキョンシーたちと、ほどなく相まみえることになる。


*****


「こっちのACT-Aも凄そうだな」

「でも、あっちのとディテールが似てないか」

なんだ、こっちとかあっちとか。お客さんたちが思わせぶりな会話をしているな。

「どうも、競合が課長にそっくりなロボを作ってるみたいです」

「なにぃ」

課員の知らせに俺はいてもたってもいられなくなった。

「ちょっと、ここ頼む」

俺は持ち場を託し、教わったブース、南445にめがけて突進した。

なんか聞き覚えのあるナンバーだな。まあいいや。


「EXE-QのQは、Quality ControlのQ」

果たしてたどりついたブースでは、ステージに立ったロボ三体がお披露目のあいさつの最中だった。

どこかで聞いたことのあるようなキャッチフレーズ。

デザインも、確かにA子に似てるっちゃ似てる。

白と銀の四肢、白い頬に浮くビスの頭。

いや、見れば見るほど。むしろ『同じファミリー』って表現が的確な気が。

見れば本業はコンピュータのメーカーらしく、ブースの一方ではマザーボードが並んだり。パソコン屋さんなのか。

「EXE-IのIは、Industrial EngineeringのI」

「EXE-PのPは、Product Management ControlのP」

「わたしたち三人は、マニュファクチュアリング・マネジメントに最適化されたオフィスコントローラです」

ものすごい特化してきてる。

Qは品質管理課、Iは生産技術かな。それとも工程改善って感じかな。Pは生産管理課だよね。

コンセプトは『各課に一台ロボ課長』だ。お、恐るべし。

なるほど、パソコン屋さんだけあって、アプリケーション寄りに強いってことかもしれない。

じゃあハードはどうよ。駆動系は。

「内部動力についてちょっと担当者さん」

折よくお客さんが専門的な問い合わせをスタッフさんに投げてくれた。

さあ、どうでるパソコン屋。

「南洋モーターの星井と申します、こちらのEXEシリーズはですね」

まごうかたなきその巨体。

ロボはA子のそっくりさんでも、彼は残念ながらユニーク、ご本人様間違いなしだ。

星井さん。

星井さんが南洋モーターでA子の競合製品の担当だなんて。

「それでは我々EXEシリーズの生みの親、開発主担当からご挨拶です」

製品が自分で自分の作り主を紹介するのって、なんだかシュールだよね。

そんな戯言も、開発者の顔を見た瞬間に吹っ飛んじまったけど。

「田村井と申します。この度はこのように大勢のお客様においでいただき」

よくある、よくある話だ。

一番転職しやすいのって、やっぱり同じようなことやってた会社だもん。

そりゃこうなるわな。

A子の生みの親、田村井博士は競合他社に身を移し、営業エースもその競合の協力会社として敵となっている。

よくある、話、だ。


俺はEXEシリーズが歓声を浴びているそのブースを、足早に辞した。

願わくば、開場時間中は田村井博士がうちのブースに来ないことを祈る。

来たら、A子を連れて行かれっちまう。


そんな、実際には起きえないことの妄想が、俺の心に黒雲となって垂れこめていった。

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