| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

BookReview

レビュアー:[雀部]&[栄村]

『砂漠の王国とクローンの少年』
> ナンシー・ファーマー著/小竹由加里訳/中村一枝装画
> ISBN 4-88724-384-7
> 株式会社DHC
> 1900円
> 2005.1.15発行
粗筋:
 アメリカが経済的に衰退した近未来。
 非合法の出入国者と中南米から流入してくる大量のドラッグに手を焼いた合衆国とメキシコは、両国の国境沿いの土地を麻薬王に渡してしまう。大量の違法移民の流れをくい止め、ドラッグを両国に売らず、アジア、アフリカ、ヨーロッパで売るという条件と引き替えに。
 「オピウム国」または「夢の国」と呼ばれるその場所では、ケシが栽培され、脳にコンピュータ・チップをうめこまれて意志を奪われた労働者たちが、その作業にあたっていた。
 王国の支配者エル・パトロンは、クローン人間の臓器を使い140年以上の年月を生きてきた。この時代、クローン人間は臓器移植のためのスペア・パーツとみなされ、その知能は出生時に破壊される。
 だが、マット・アラクランはエル・パトロンのクローンであるという理由で、この処置から外されていた。彼は6歳になるまで隔離されて育てられるが、ある時、子供たちに見つかり、エル・パトロンの邸宅へと連れていかれる。大人たちは彼を動物のようにあつかうが、支配者自身のクローンであることを悟るや、うわべだけの敬意で彼に接しはじめる。そんな中でマットを真に愛したのは、彼を育てたコックと、ひとりのボディ・ガードだけだった。

 やがて、その「所有者」によって教育をつけられ、あふれんばかりの才能を磨かれたマットは、いつの日かエル・パトロンの地位を引き継ぐことを夢見みる。だが、それは錯覚だった。老人が彼を身近におく真の理由は、その体が弱りはじめたとき、マットの心臓をただ「収穫」するためだった。彼はこの事実をまだ知らない……。


『エヴァが目ざめる時』
> ピーター・ディッキンソン著/唐沢則幸訳/木内達郎画
> ISBN 4-19-860158-5
> 徳間書店
> 1500円
> 1994.8.31発行
粗筋:
 近未来の地球。資源は枯渇、自然環境は破壊され、動物たちもチンパンジーなどわずかな種類を除き絶滅し、人類は増大し続ける人口に倦み活力を失っていた。人々は、喧噪たる大都会の中で、シェーパーという立体TVを意味もなく見続ける毎日だった。
 交通事故で身体が滅茶苦茶になり大学病院に運び込まれた少女エヴァは、両親の希望もあり、その記憶一切合切をチンパンジーの雌の脳に転写する手術を受けた。
 エヴァが目覚めると、自分はもとの姿ではないことを知る。しかし幼い頃からチンパンジーに親しんできたエヴァは、なんとかその事実を受け入れ、この苦境に立ち向かっていくのだ・・・

 イギリスの児童文学はなんて進歩的なんでしょうね。この作品がジュヴナイルとは。この後、エヴァは、雌のチンパンジーの中に残った野生と共存し、人間としての知性とチンパンジーとしての野生をバランスさせ、新しい道を感動的に切り開いていくのです。


雀部 >  皆様お久しぶりです(笑) 今月のブックレビューは、話題のジュヴナイル『砂漠の王国とクローンの少年』を取り上げてみました。
お相手は、『逢魔の都市』でもお世話になった栄村さんです。栄村さん今回もよろしくお願いします。
栄村 >  また、お座敷に呼んでいただきまして(笑)。こちらこそよろしくお願いします。
雀部 >  毎回、綺麗どころの居ないお座敷ですみませんねぇ(笑)
 さて、この『砂漠の王国とクローンの少年』は、ジュヴナイルなんですが、内容的にはかなり際どいところまで扱っていると思うのですが、最近はこういうのが一般的なんでしょうかねぇ?
栄村 >  この小説、おもてにコカ・コーラのラベルが貼ってあるのに、中をあけたら大人の飲むテキーラが出てきたという代物だったので、びっくりした(笑)。
 こんな物語が書かれるというのも、子ども向けに書かれた大人の物語というのが、ひろく受け入れられて、よく読まれるようになったせいですね。それだけ優れた内容をそなえた作品がたくさん出ているということもあるけれど。このコーナーでも紹介していたフィリップ・プルマンの『ライラの冒険シリーズ』も、反宗教色の色彩があるかなりというか相当きわどい内容だけど、欧米でベストセラーになり、児童文学と大人の文学の両方から高く評価され、作者はイギリスはもとよりスウェーデンでも権威ある文学賞をうけてますね。先日、スタジオ・ジブリの本棚にも置いてあるのがテレビに映ってた。宮崎駿も読んでるみたい(笑)。 
雀部 >  おお、宮崎駿先生も読まれてますか。というのは、ピーター・ディッキンソン著の『エヴァが目ざめるとき』というジュヴナイルを読んで、えらい感激した記憶があるんですよ。
栄村 >  あの小説は、人類の終末を背景に描いたヤング・アダルトSFのジャンルに属しているけれど、本当は大人が読む高いレベルの小説ですね。主人公の女の子は、とても13歳とは思えない成熟した考え方をしているし、17年前に書かれた小説だとはとても信じられない。 近未来の、巨大で複雑化し、肥大化しすぎた社会のなかで、圧迫感に押し潰されかけている人々を、エヴァが見つめているシーンでは、いま現在の、身のまわりで起こっている現実を感じて……。考えこんでしまいました。
雀部 >  そもそもあまり本を読まない、読むにしても軽い本だけという私の息子たちの世代に、こういう本は果たして受け入れられるだろうかという疑問もあるのですが、まあそこは前向きに解釈しましょう(爆)
栄村 >  ところで、ピーター・ディッキンソンの履歴を調べているうちに、彼は北ローデシア(今のザンビア)で生まれたことを知りました。フィッリプ・プルマンもローデシアで幼年時代を過ごしています。ちなみにディッキンソンとプルマンは、知り合いだそうです。ナンシー・ファーマーも、ローデシアがジンバブエに国名を変えた後も、その国に住んでいましたが、意外なところで三人の作家が繋がっていたことに少しびっくりしています。
雀部 >  おお、そうなんですか。アフリカには、児童文学者を育てる土壌があるんですね(笑)
 『砂漠の王国とクローンの少年』では、隠然たる勢力を誇る麻薬王のクローンの少年が主人公というかなり際物めいた設定なんですが、これにはどういう意図があると思われますか。
栄村 >  まず、もしクローン人間が存在したらどんな問題が持ち上がるかというのが、この小説が書かれた一番はじめの動機だったと考えているんですが……。主人公をクローンにすることで、クローン側から見た人間との関係を考えてみたい。それも人間になりたいと必死に願う子どもを主人公にすると、問題が読者に強いインパクトを持ってせまってくる。たとえば「人間の皮膚の一片から造られた自分とはいったい何なのか? 魂は本当に自分の中にあるのか?」という存在の根源に関わる問題。さらに、オリジナルの人間から受け継いだ遺伝子の特性によって性格や好みまで決定されてしまい、良きにせよ悪しきにせよこれが災いして、オリジナルと同じような運命がこれから先に待っているのかという疑い。この小説の場合、邪悪さというものも体内の奥深くにコピーされており、ある年齢になってそれが発現して、結局、麻薬王と同じ暗い道を必然的に辿るのかというシリアスな問題がありますね。だから、主人公は少年期から抜け出しつつある時期に、悪との境界で心が揺れはじめるんだね。ここに麻薬王のクローンを設定した意図があるんじゃないかと思うんだけれど……。逆に人間の側から見れば、人はクローンにどう接すればいいのか、どう扱えばいいのかという問題も出てくる。さらに、臓器移植用に脳を破壊されてしまい、獣じみた行動しかできなくなったクローンが出てくるけれど、これは人は果たしてどこまで人間といえるのか、またそんな存在を造ることは許されるのか、という非常に深刻な問いかけが出てくる。
雀部 >  遺伝学者は、遺伝影響が大きいと主張するだろうし、行動主義学者は、誰でも小さい頃からの訓練次第で、ベートーベンやモーツァルトになれると主張するだろうし。あ、そういう話じゃないか(爆)
栄村 >  クローンはオリジナルとまったく同じ存在だと一般的に解釈されているけれど、調べてみると今の技術では、厳密にはまったく同じというわけじゃないんだね。成体の体細胞の核を、よそから持ってきたレシピエント卵子に移植してクローニングする方法では、核が育ってゆく過程で、このレシピエント卵子がどんな影響を及ぼすか、まだ全部はっきりとはわかっていないらしい。かりにDNAがオリジナルとまったくおなじになるとしても、オリジナルが育てられた条件は二度と繰りかえすことは出来ないし、また、培った経験というのも、オリジナル固有のものだね。遺伝と環境はパーソナリティを作る大きな要因になるんですね。
雀部 >  たしかミトコンドリアは、卵子由来だったはずですし、移植しても拒絶反応は出ないんだろうけど、全く同じではないような気がします。
 キリスト教的に言うと、男と女の間に生まれた者以外は人間じゃないということになってますけど、そこらへんはどうなんでしょうね。日本ではまず人間のクローンをつくるのは無理でしょうが。
栄村 >  かなりシビアな問題ですね。人間ばかりでなく、クローン・ペットに対しても、反対団体からの抗議というのは強い。彼らがこの技術が不道徳だと考えている理由のひとつは、たった一匹の成功例の裏に死亡や奇形が、かなりの率で出ているということですね。これは「生命」にかかわることだし、失敗は取り返しがつかない。去年の暮れにニュースになったクローン猫の「リトル・ニッキー」も、飼い主は反対団体のターゲットにされるのを恐れて、住んでるところやラスト・ネームも明かさなかった。
雀部 >  自然に任せない、新しい生命の形ですから……問題は山積みでしょう。もし、人間のクローンができるようになっても、それを容認する人々と、反対する人々は別々の国に住まなきゃいけないくらいの断絶があると思います。
栄村 >  ところで、ナンシーさんは、ローカス誌のインタビューの中で、この小説のメイン・テーマのひとつは、セルフ・リライアンス(自分を信頼すること、独立独行)で、優劣の差と競い、打ち負かす力だと語っていたけれど、作品では、暗い運命やおそろしい事態をきりぬけ、心の中の善と悪の相克を克服する話を書きたかったんだね。ただ、その思いが強くなったのは、やはり彼女が長い年月暮らしていたアフリカでの強烈な体験でしょうね。
雀部 >  この設定は、ナンシーさんご自身の生い立ちとか、今まで経てきた経験とも関係しているのですかねぇ?
栄村 >  彼女が生まれたのは、アリゾナのフェニックスという都市でね。その後、ご両親がホテル経営に乗りだすというので、南のメキシコ国境に近いユマに引っ越すんだけど、物語の中のオピウム国のある地域とぴったり合うね。ホテルの泊まり客は、トラック運転手や、退職した鉄道マン、ロディオ乗り、サーカス一座だったらしいけれど。きっと地元のうわさ話など、不法移民やドラッグの密輸の話はいろいろと聞かされていたんだね。ナンシーさんは、3人兄妹の一番下で、上にお兄さんと6歳上にお姉さんがいる。このお兄さんは3歳の時にピアノを弾いて、読むことができたというほどの人で、いまは生物学の博士号を持っている。
雀部 >  クローンとかプランクトンが原料の食料などの生物学的なネタは、お兄さんの影響があるのかな。
栄村 >  これはご本人が語っていたけれど、9歳の時にサーカスの獣医さんからゾウの検死解剖を見せられて、それが2つの心臓を持っていたことに衝撃を受けたらしいんだ。この時の強烈な体験が、後に作家になるとき大きな下地にもなったらしい。生命に対する好奇心が人一倍強かったのかもしれないね。ところで、ナンシーさんの家族はけっこう個性的な人が多かったらしいよ。
雀部 >  そりゃ、すごい衝撃だったんだと思います。ゾウはなにせでかいし。
 家族だけでなく、ナンシーさん自身も個性的だと思いますが(笑)
栄村 >  彼女のお兄さん、こどもの時、といっても50年ほど前の、一家がユマに引っ越す前の話だけれど、サソリを育ててお小遣いを稼いでいたらしい。
雀部 >  沖縄でハブを捕って持って行くとお金になるというアレですか。
栄村 >  いや、実は生きたサソリは抗毒素をつくるために使われたらしいという話でね。母親は家の中でサソリを見つけると、こどものナンシーさんにとらせて、外に捨てに行かせていた。まさか、それでお金が入るとは知らなかったらしい。ところがお兄ちゃんの方は、あとで集めて、ひとつ25セントで試験室に売ってたんだな。
雀部 >  昔は家の中にサソリが入ってきていたんだ(爆)
 そうか、そういう意味もあって原題が“The house of the Scorpion”ってなっているのか!
栄村 >  楽屋オチですな(笑)。ナンシーさん、サソリでお小遣いが稼げることを知って、自分はクロゴケグモを育てることに決めたらしいの。クロゴケグモって知ってる? 長く細い針のような足をひろげると4センチ足らずの大きさで、黒い球のような胴体には血のような赤い痣があるんだ。10年ほど前、大阪で見つかって大騒ぎしたセアカゴケグモの親戚で、毒も強くて稀に死ぬこともあるらしい。でもお気の毒に、誰も彼女にそのクモが共食いすることを言わなかったんだって。それで今度は別のタイプを試そうと、いろいろ連れてきたおかげで家の中はクモでいっぱい(笑)。彼女はトイレの後ろにプロジェクトのひとつを隠しておいたんだけれど、卵から孵った赤ちゃんグモが、床や天井のひび割れの中に隠れてしまってね。そんなことは知らないお姉さんが、トイレに入っていると天井から「こんにちは」とあいさつに降りてきたのがいたらしい。お姉さん、子供の頃、長く黒い髪を持ったやさしい人だったらしいけれど、トイレは狭いわ、鍵はかけてあるわ、とりこみ中ですぐに逃げるわけにもいけないし……。まさに絶体絶命(笑)。
雀部 >  ぎゃ。うちのカミさんだとそのまま失神してますわ(笑)
栄村 >  ナンシーさんの母親は、そんな子どもをコントロールする方法を持っていて、手に余るとしばらく家の鶏小屋に入れたらしい。
雀部 >  鶏小屋ですか。物語の前半、マットが家政婦のローザにいじめられて、藁をしいた部屋に閉じ込められているシーンがあったけれど、これ実体験だったわけですね。道理で(笑)
栄村 >  そうみたいですね(笑)。このお母さんがエル・パトロンのモデルになったらしい(笑)。主人公のマットが、麻薬王エル・パトロンから「どうじゃ、コケコッコーと鳴けるようになったか?」と聞かれる場面があったけど、きっとそれも作者の実体験だ(笑)。もっとも本人は鶏小屋から逃げだす術をよく知っていて、入れられてもケロリとしていた。
雀部 >  お母さんが、エル・パトロンのモデルだったとは。典型的なかかあ天下の家庭だったのかな(笑)
 マットも閉じこめられた部屋を一つの個人的な“宝箱”と見なして、あまり閉じこめられたのを苦にしてませんでしたね。
栄村 >  おじいさんも、なかなかの人で、フロント・ポーチにショットガンを持ってすわり、近所の悪童連がハロウィンのとき、コスチュームを着て「お菓子をくれないといたずらするぞ」とけしかけたら返事に頭の上めがけて、ずどん、と一発ぶっ放したらしい。
雀部 >  そりゃ、危ないけど豪傑だなぁ(爆)
栄村 >  よく当たらなかったもんだ(笑)。彼女のおばあさんは、おばあさんで、これまたタフで威勢のいい人なんだな。孫のナンシーさんが、かみなりを怖がっているのを見るや、テーブルの上に飛び乗り、髪を風になびかせ「やれるものならやってみなさいよ! わたしの上に雷を落としてごらん!」と、怖がる孫をわきにおいて空にむかって挑発した(笑)。
雀部 >  それで雷が挑発に乗ったとかは?(笑)
栄村 >  さあ……。すこし水で頭を冷やしなはれ、血圧上がりまっせ、と家のまわりだけ土砂降りの雨を降らせたんじゃないかな(笑)。
 ところで、ナンシーさんが大人になるまで育ったユマというのは凄いところでね……。なにしろ町の有名な歴史的建造物というのが1875年に建てられた監獄。20世紀の初めに閉鎖されるまで西部では一番頑丈な監獄だったらしい。メキシコも近いし、きっとスター・ウォーズのジャンゴ・フェットやボバ・フェットみたいなのが、いっぱい収監されていたんだ(笑)。その後、しばらくハイ・スクールにもなったらしいけど……。こんなところで勉強させられたらたまらんな。出来がわるかったらすぐ牢屋に放り込まれる(笑)。……砂嵐に加えて、夜になるとこの町のコオロギは、ナンシーさんのお友だちの話では、変わった鳴き方をしてたらしい。「オレはここにいるゼ! 道からどきやがれ、さもなきゃ殺すぞ! ヘィ!かわい子ちゃん」の三種類だって(笑)。
雀部 >  監獄に入っている囚人たちの影響を受けたコオロギだったんでしょうね(爆) サソリ、蜘蛛、コオロギとくると、やはり昆虫には親しみがあったんでしょうか。
栄村 >  ご本人は、足がたくさんあって鈎爪がついてるのが好きだ、とおっしゃってたから……(笑)。
 彼女はこの町で大きくなってから、リード大学で昆虫学の学位を取り、フリーランスの学者として海洋学の船に乗りこむのだけれど、またこの船が凄かった。
 「キャプテン・クランチ」というあだ名の船長で、もともとベトナムでタグ・ボートを動かしていた人らしい。よくラム酒の瓶を小脇において素っ裸になって舵輪を握っていたんだって。その間、ナンシーさんたちは、顕微鏡や本が棚からころげ落ちないように船の中を走りまわってた(笑)。結局、キャプテンが船の横っ腹に大穴をあけて、この仕事はおしまい。
雀部 >  やはり、昆虫の研究者の道に進まれたんですね。それにしても、その船長といい彼女の周りには豪快な人が多いですね。
栄村 >  彼女を育てたおばあさんとおじいさんの影響かな(笑)。
 ピース・コープ(アメリカの民間の海外援助組織)に入って、インドで3年間ほど化学を教えたり、カリフォルニア道路局で、高速道路の緑化帯を食べながらアリゾナの砂漠を旅行して、北カリフォルニアのおいしいブドウ園あたりで解散する虫たちのお相手をしたりしてたけれど、1972年になってから昆虫学とバイオロジカル・コントロールの専門家として、アフリカに行く決心をする。彼女はその時、冒険とロマンスを求めていて、500ドルと向こうの科学者のリストをポケットに入れてむこうに向かうんだ。

 最初の頃は、ピース・コープ(アメリカの民間の海外援助組織)でモザンビークにある湖の水草や村の人の福祉状態を調べる仕事をしていたんだけれど、内戦が終わったとはいえ、地雷がいたる所に敷設されていたところもあり、かなり危険だったらしい。
 地雷敷設地帯にいったとき、象が歩いたところは大丈夫だというので、大きな象の足跡の上を正確に、こう、ぴょん、ぴょん、と跳びはねるようにして歩いてたと、インタビューで答えてた。
 一度、ナンシーさんの旅行ガイドたちが、釣りをしようとしてたとき、偶然バッグを見つけてね。中になにかボールのようなものが入っていたので、それでキャッチボールの練習をはじめたらしいんだ。ところがナンシーさん、ボールを見た途端、髪の毛が逆立ち腰を抜かしかけた。
雀部 >  げ、ひょっとして……(汗)
栄村 >  手榴弾だって。遊んでいる方は何を投げているか、全然知らなかったらしい。
雀部 >  そういう体験も、この小説に活かされているうな気がしますね。
栄村 >  そのうち、隣国のジンバブエ(この頃はローデシア)に、ツェツェ蝿の発生抑制に行くんだね。この蝿、吸血性でしかも「ねむり病」という病気を引きおこすんだ。「ねむり病」というとなんだか、日がな一日、ぐーぐー、よだれをくって居眠りばかりしている病気のように思うけれど、本当はおそろしい病気でね。ツェツェ蝿はトリパマスチゴートという恐い寄生虫を持ってて、咬まれて体に入ると、最後は脳にもぐり込んで精神錯乱や痙攣、狂気を引きおこすんだ。なんだか鳥肌が立ってきた(笑)。
雀部 >  ツェツェ蝿による日本での感染例はないようですが、怖い病気です。最近はウィルス性の疾患のほうが話題になることが多いですが、こういう原虫による病気も重篤な病気になる場合がありますので、そういう地域に旅行される方は、注意が必要ですね。
栄村 >  ローデシアは、長い間、イギリスの植民地だったという過去を持っていて、この頃は少数の白人支配に反対する国連安保理の経済制裁を受けていた。反政府ゲリラ活動も活発で、治安も悪く、危険なところが多かったらしい。国境地帯も荒れていてね。そこでツェツェ蝿の発生を抑える仕事をするんだけれど、現場に行くまでが大変だったらしい。飛行機で未開地の上を飛び、騒音をたててアンテロープやイボ・イノシシを追い払ってから、森にある広場に着陸するんだけれど、ラボに着くまで、ブッシュの中に機関銃を持った人間がひそんでいないか、しっかり確認しながら行かなきゃならなかったらしい。結局、アフリカにはモザンビークに三年、ジンバブエに十四年いてね。
 その間に大学で英語を教えていた詩人のご主人とめぐり逢い、坊やも生まれて、危ない仕事はやめて家庭に入るんだけど、四十一歳になってから小説を書きはじめるんだ。
雀部 >  それは、作家としては遅咲きだったんですね。で、執筆活動に入るきっかけは何だったのでしょうか?
栄村 >  うん。それが家で本を読んでいて、ある場面に衝撃を受けたんだ。冬のロンドンで、家族が凍りついた池のまわりを散歩しているとき、輝く氷の上をナンシーさんの坊やと同じ年頃の小さなこどもが、渡りだす場面だったらしい。読んだとき「わたしにも書ける!」と思ったそうだ。そして四時間後にはもう短編小説を仕上げていた。それから、ジンバブエにある小さな出版社の編集者と知り合いになり、教科書に載せる記事を書くかたわら、絵本と小説を書いていた。アメリカにもどってからフルタイムのライターになるんだけれど、アフリカでの体験が、作品の中に色濃く出てくる。彼女の作品の奥にはどれも異文化にはじめて接したときの、驚きや戸惑いが描かれているんだね。
雀部 >  そこんとこは『砂漠の王国とクローンの少年』でも感じました。最初のひとりぼっちの状態から、お屋敷に連れてこられて監禁されるところとか、ラストの方の強制収容所みたいなところに収容されてそこで同じ年頃の違った境遇の少年たちと知り合うところなんか。
 英語圏で最初に商業出版された本はなんだったのかな。
栄村 >  「Do You Know Me?(あなた、わたしのこと知ってる?) 1994年刊(オリジナルは1993年)」。これは、ジンバブエの首都、ハラレに住む都会育ちの少女と、やることなすことがとんちんかんになってしまうモザンビークの地方から出てきた彼女のおじさんとの、カルチャーショックを描いた喜劇でね。

http://www.booksamillion.com/bam/covers/0/14/036/946/0140369465.jpg
雀部 >  うん、それもちょっと面白そうですね。
栄村 >  そして、第二作目が「The Ear, The Eye, and The Arm(その耳、その目、そしてその腕) 1994年刊」。この小説がニューベリー・オーナー・ブックスに選ばれて、彼女は英語圏の児童文学のなかで注目されるようになるんだね。おもしろいことに、これは2194年のジンバブエを描いたジュブナイルSFでね。

 主人公は13歳の Tendai という少年。父親は都市のセキュリティを仕切る高い地位にいて、弟と妹がいる。それまで豪邸で生活していたんだけれど、冒険とサスペンスのある「現実」の世界が見たいと、弟たちを誘って危険な外に出てしまうんだけど、街に出た途端、誘拐されてしまう。こどもたちが考えていた以上に、街は危険なところだったんだ。この時代、希少になったプラスチックの埋まっている昔の毒性廃棄物の捨て場で「シーエレファント」という、一帯を仕切る大姉御から奴隷のように働かされる。そして、この女はこどもたちの素性を知って、 Tendai の父親に恨みを持つストリート・ギャングたちに売り渡そうとするんだね。彼らはなんとか逃げるんだけど、逃げた込んだ先が "Resthaven" という、これまた一癖あるところで……。
雀部 >  筋立ては『砂漠の王国とクローンの少年』と似ているところがあるような気がしますね。
 貴重なプラスチック云々というところは、『未来少年コナン』みたいだ(笑)
栄村 >  まわりをぜんぶ閉めだすように巨大な壁を張りめぐらせ、中ではアフリカ人が何千年も営んできた生活―小さい部族の集落や、自分の手で食べる物を育てたりとか、昔からの慣習に厳格にしたがって生活しているところでね。ただ、そこには迷信というものも生きている。Tendai たちはこの集落で14歳の女の子の出産にかかわり―ここでは12歳で結婚することになっているらしいんだけど―その子が双子を生んだことから、よそ者の Tendai たちは魔女の血を引いているんじゃないかと疑われ、生まれた双子も一方の赤ちゃんが間引かれそうになったりと、トラブルに巻きこまれてしまう。

 家の方では子供たちがいなくなったことで大騒ぎになり、「The Ear,The Eye, and The Arm」探偵社に捜索を依頼する。ところが、家にきた三人の男たちの姿を見て母親は仰天してしまう。彼らはなんと、みんなミュータント。原子力発電所から洩れ出たプルトニウム汚染の水が川に流れ込み、それをたまたま飲んだ母親から生まれてきたという、すごい設定でね。会社の看板名どおり、聴力、視覚、腕力など普通の人間をこえる力を、ひとり一つづつ持っている。「タカの羽根についたノミの姿まで見えます。おかげで家では母が物を無くしたことがありません」とか「砂糖壺に這いあがるアリの足音も聞こえます」とかいって、みんなで母親に売りこみに掛かる(笑)。彼らがトリオを組んで Tendai たちの後を追うけど、こどもたちはいつも彼らの一歩先にいるんだね。

http://www.amazon.com/gp/reader/0439530644/ref=sib_dp_pt/103-2051296-4561433#reader-link
雀部 >  凄い設定だなぁ。その「The Ear,The Eye, and The Arm」トリオたちを主人公に持ってきた小説も読みたいです。
栄村 >  三作目は「A Girl Named Disaster(災厄と名づけられた少女) 1997年刊」。
 アフリカにいるショナ族の女の子の話でね。1981年のモザンビークが舞台。おばあさんと一緒に住んでいる11歳の子なんだけれど、大変な人生を歩んでいて、赤ん坊のとき父親に捨てられ、その後、母親はヒョウに殺されてしまう。つけられた名前が「Nhamo」。これは部族の言葉で「大きな災難」とか「大きな不幸」という意味で、この名前で彼女はえらい目に遭うんだ。ある時、村でコレラが流行して人が次々と倒れてゆく。これは、Nhamo の父親が昔殺した男が悪霊となり、病気をひきおこしているせいだといわれるんだね。災厄を終わらせるためには、Nhamo がその男の兄弟と結婚して悪霊をなだめるしかない。それで、すでに三人の妻を持ち、年も倍以上違う粗暴な男と結婚させられそうになる。おばあさんは、こっそりと村でただ一隻のボートに Nhamo ひとりを乗せて、彼女の父親がいるジンバブエに逃がすんだけど、途中で遭難して食料を失い、ボートもこわれて、旅は二日ほどで終わるはずだったのに一年もかかるんだ。その間、ヒョウに襲われたり、地雷にあったり、飢餓で死にかけたりもする。けれど、祖先や母親の霊が現れて彼女を助けるんだね。

http://www.amazon.com/gp/reader/0140386351/ref=sib_dp_pt/103-2051296-4561433#reader-link
雀部 >  どれも勝手を知ったアフリカが舞台なんですね。やはり異国情緒ということで、人気があるんでしょうね。
栄村 >  アメリカで本を出したとき、彼女の本に最初に注目したのは、アフリカン・カルチャーの研究者たちだったらしいよ。書いた本はショナ族の文化や描写に詳しく、それで特定の分野の人たちからの注目を浴びたらしい。
雀部 >  文化人類学的にも資料になる小説って、ある意味凄いなあ!
栄村 >  こうして出した四作目が「The House of the Scorpion(邦題名:砂漠の王国とクローンの少年) 2002年刊」で、この小説で彼女は全米図書賞を受けるんだね。

http://www.amazon.com/gp/reader/0689852223/ref=sib_dp_pt/104-0043998-2508711#reader-link

 原題は「The House of the Scorpion」で「サソリの家」とか「スコーピオンの館」と訳すべきかな。サソリはこの小説の象徴的な存在だね。エル・パトロン("御大"という意味)という敬称で呼ばれるドラッグ・ロードの本名は、マテオ・アラクランで、彼のクローンであるマット少年も、本名では同じ名前がつけられている。このアラクランというのは小説の中でも書かれているように「サソリ」という意味で……。サソリの一族か……。そういえば「毒」というイメージは、この物語のなかで、くりかえし何度も出てくる。人間の中にある邪悪さという「毒」。産業廃棄物が作りだした物質的な「毒」。読みかえしてみると、なんだか「毒」それ自体が、この小説のもうひとつのテーマのようにも思えてくる。ナンシーさんは昆虫学者として、生物が作りだす「毒」というものをどういう風に見ているんだろうか? 「毒」は、生物が苛酷な環境の中で生きのびるための発達させてきたものなんだけれど……。

 エル・パトロンは小さい頃から農場主の凄まじい搾取の中で育ち、苛酷な環境の中で生きのびるために、サソリみたいに心の中の「毒」を異様に発達させていった人間だったのかもしれない。若い頃の彼なんて「がめつさ」も抜きんでていて、彼が歩いた後は根こそぎ何もかもなくなって、地面には雑草一本、生えてこないような人物だったんじゃないかな(笑)。まさに歩くブラック・ホール(笑)。
 ボディガードのタム・リンが、
「エル・パトロンにはよい面と悪い面とがある。あの王様は、その気になればとことん邪悪になれるんだ。若いころ、エル・パトロンは自分の道を選んだ。ちょうど、木がどっちの方向にのびるか決めるみたいにな。エル・パトロンの木は大きく青々と茂っていって、森全体に影を落とすほどになった。が、その枝のほとんどがひん曲がっているんだ」
 と、クローンのマット少年に言いきかせる場面があったけど、枝がひん曲がった原因は、生活環境と自分が生きることについての、貪欲なまでの追求だったかもしれない。彼は稀な才能を駆使して、犯罪者として比類ない成功を収めるけど、築きあげたものには、どこか空しさが漂う。贅を尽くしたパーティの場面や、どこかの国の大統領までもが参列する豪華な結婚シーンも出てくるけれど、見かけの壮麗さに比べて、中はからっぽなんだね。集まってきた連中は、自己本位な人間たちばかりだし、家族はサソリの「毒」のある巣の中で暮らすうちに、退廃して精神的に崩壊しかけるか、情の薄い人間的にねじまがった者たちばかりで……。結婚自体も彼らにとっては、たんに財力を伸ばす手段で、それ以外の意味はあまりない。もし、こんな家に住んでいたとしたら、油断できないだろうな。まさに「毒針を持つ者に慰めはない」という心境だろうね。
 そんな中、衰弱して半ば惚けた状態の彼が、マットを70年以上も前に死んだ自分の息子だと思っておだやかに語りかける場面が出てくる。このとき、邪悪な中にもやはり人間性というものが存在しており、心の奥底に封印してあったものが、精神を病んだために意識の表面に現れてくるんだね。読んでいて、少し複雑な気分になった。彼は単に邪悪な麻薬王というレッテルだけでは括れない人物だね。
 結局、エル・パトロンは、臓器移植ともうひとつ、「虚栄心」を満たすため―鏡で自身の姿をのぞきこむように、若く、強く、健全な精神を持つ自分の姿を見つめたい―という欲求からマットをクローンで造りだしたんだけれど、マットはそれらを持っているがゆえに、彼のもとから逃げ出そうとする。これは皮肉といえば、ほんとうに皮肉だね。エル・パトロンにすれば、自分はこうありたかったと思っていた姿から、いまの自分自身が否定されるんだから……。
雀部 >  いわゆる「親殺し」のテーマでもありますね。自分と全く同じ遺伝子を持った親、それをどう乗り越えていくか。『砂漠の王国とクローンの少年』では、周りの人の機転でその危機を切り開くわけですが。
栄村 >  母親代わりのシーリアや、最後は自分の犯した罪にその身をもって決着をつけ、反面教師となるボディ・ガードのタム・リン、そして、マリアというガールフレンドがいなかったら、マットもどうなっていたかわからない……。
 舞台背景の話になるけど、アメリカとメキシコ(この時代ではアストランと呼ばれている)が、違法出入国者と大量のドラッグの流入をコントロールできなくなり、両国の国境沿いの土地をコカイン・マフィアに譲渡して収拾を図るという設定は、なかなかおもしろいね。この時代、アメリカは経済破綻してしまい、メキシコへ大量の人間が豊かな生活を求めて、渡り鳥の群れみたいに人間が流れてゆく……。実は、この取り決めがなされた後も、不法出入国者の数がいっこうに減らないというので、「イージット」という脳にコンピューターチップが埋め込まれて、意志を奪われた人間が生み出されるんだね。「イージット」にされるのは、大部分がオピウム国のパトロール隊に捕えられた違法出入国者なんだけれど。またこのパトロール隊というのが曲者で、世界中から集められた、行き場のないおたずね者で構成されていて……。
雀部 >  労働力にこと欠かないわけだ。パトロール隊員たちも、帰る場所のないアウトローたちだから、そうそう裏切る可能性が低いというなかなか考えられた人選(爆)
栄村 >  しかも死んだら、こんどはその死体を土に鋤込んで肥料にし、そこから栽培したケシで造ったドラッグをよその国に売りに行く……。本当にありそうな話だね。オピウム国で子どもたちが、ひそひそ話す怪談も、あたらずとも遠からぬで、それとなくこの国の真実をついているわけだ。夜な夜な、自分の子どもを捜しながらさまよう女の幽霊ラ・リョローナは、途中で子どもとはぐれた不法移民の母親たちかな。ゾンビは「イージット」だし、人間や家畜の血を吸って乾涸らびたマスク・メロンみたいにしてしまうチュパカブラという妖怪は、臓器移植を繰りかえして140年も生きている麻薬王エル・パトロンみたいだね。なんのことはない主人公のマットは、怖がっているチュパカブラの王国のど真ん中で暮らしていたわけだ。まさにオピウム国の都市伝説。
雀部 >  そこらへんの構成は、ほんとうに良くできてますね、普通の子供ではなかなか気づきにくいだろうけど。最後までわくわくドキドキさせてくれます。
栄村 >  冒頭からドラッグ・ロードに支配された世界と、クローンという小説のメイン・テーマをうまく象徴的しているシーンがあるね。脳にチップを埋め込まれた雌牛が、クローン胚を懐胎させられるところを見て、クローン技術者が物思いに耽る場面だけど。金属のアームに足を掴まれ、機械的に運動させられている牛たちは、タンポポの夢を見るだろうか? 草原を渡るか幻の風を感じているのだろうか? これが「イージット」なら何を考えているんだろう? 痛みも喜びもあまり感じず、ぼーっとしたような状態かな。
 まさに絶望的なディストピアだね。なんだかテリー・ギリアムの「未来世紀ブラジル」を思いだした。あれも主人公がたどる結末は「イージット」とそう変わりないね。
雀部 >  『アンドロイドは、電気羊の夢を見るか』ってやつでしょう(笑) そういえば『未来世紀ブラジル』と暗い雰囲気と閉塞感は似てますね。映画化されないかなぁ。
栄村 >  もうひとつ読んでて、さりげない部分で巧くテーマを表現しているなと思ったのは、支配者のクローンとして生まれたマットがこどもの時、ケシ畑にある小さな家で遊んでいるシーンでね。
 マットはぬいぐるみの犬やクマやウサギに、ごはんを食べさせるまねをして遊ぶんだけれど、本物でないことがだんだん心に沁みてきて、そのうち空しくなってやめちゃう。自分は好きなだけしゃべれるけど、ぬいぐるみは、なにもわかりっこないし、そもそも、なんというか、ぬいぐるみは「ここにいもしない」。怒ったマットはぬいぐるみを本当じゃないという理由で、壁の方に向けてお仕置きするんだけど……。
 あとでマットはこの時のぬいぐるみと同じ立場に置かれるはめになるんだね。自分がクローンだとわかってからは、自分自身は本当は魂のない「ぬいぐるみ」とかわりないんじゃないかと悩み出すし、エル・パトロンの屋敷の者は、マットがほんとうの人間じゃないという理由で避けるし。

 この小説、前半はマットは自分が何者なのか、どうやって、そしてなぜ造られたのかという、自らの正体をつきとめたいという衝動で話が展開していくね。
雀部 >  小説の王道のテーマでしょう。マット君が幼少より様々なSFを読んでいれば、自分の運命についても直ぐに思い当たったはずでしょうが(笑)
栄村 >  そういや、彼の部屋にある本は「ピーター・ラビット」ぐらいしか見当たらなかったな(笑)。もし「ピノキオ」が置いてあったらどんな展開になっていただろう?(笑)
 昔の古いアニメみたいに「はやく人間になりたい!」という方向にいくか?(爆)
雀部 >  それは『妖怪人間』(笑)
栄村 >  「ブレードランナー」のレプリカントや、「A.I.」に出てきたディビッドをつき動かしていたのも、おのれの正体や運命を底の底まで探ってくれようか、という衝動だね。ルーツはフランケンシュタイン……じゃない、マットの場合は人間になりたいからピノキオか。
 レプリカントは、自分にあとどれだけの時間が残されているのか、そしてどうすれば死を切り抜けられるかということを知るために地球にもどってくるんだけれど、一面、死を強く意識するがゆえに、自分の生きてきた証が欲しくて、古い写真を集める。死を強く意識し切り抜けようとするところは、臓器移植を繰りかえし140年以上も生きているエル・パトロンもいっしょだね。彼の王国も、エル・パトロン自身が若い頃の、約百年前のままの状態で時が止まっているし……。
雀部 >  生と死も根元的なテーマですよね。そういうテーマをジュヴナイルの分野で真っ正面から取り上げて料理して見せた手腕には感心してしまいますよね。
 さて、この『砂漠の王国とクローンの少年』ですが、いきなり中学生くらいの子供に読ませてやっても良いもんでしょうか。それとも、他の本で抵抗力をつけてからのほうが良いかな?
栄村 >  いや、子どもは夢中になれるもの、好きな本を読ました方がいいと思いますよ。いつか時が来れば、興味がこちらに向いてくるでしょう。その時になれば、一冊の本からいろんな事を読みとるようになっていると思います。
雀部 >  うちの子ども達は、いわゆるライトノベルしか読まないんだ。まずそれをなんとかしないと(汗)
 栄村さん、今回もありがとうございました。ナンシー・ファーマー女史のことも色々わかり、俄然興味がわいてきました(笑)
栄村 >  こちらこそ勉強させていただきました(笑)。ありがとうございました。


[雀部]
ハードSF研所員、コマケン会員。児童文学にはからっきし疎いんですが、話題になった書を読むたびに新しい発見があります。
[栄村]
「小松左京マガジン同人」ならびにコマケン会員。海外の古代遺跡を観て歩くのが趣味。フィリップ・プルマンや上橋菜穂子などのファンタジー&ホラーに入れ込んでいます。

トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ