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SF読者のための量子力学入門

素粒子論 Particles Theory
15. ディラックの海 Dirac Sea

白田英雄

素粒子は非常に小さい物体です。小さい物体を調べようとしたら、大きなエネルギーで物体同士をぶつけてそのこわれてでてきた破片を調べればよいです。
大きなエネルギーにするにはどうすればいいか。
光速近くまで加速してやればエネルギーが大きくなります。ところが光速近い速度が出てる状態では、ニュートン力学では足りず、特殊相対性理論を考慮しないわけにはいかなくなってきます。量子力学の基本方程式であるシュレーディンガー方程式はニュートン力学的に作られているので、特殊相対性理論を考慮した方程式を作らないといけません。シュレーディンガー方程式はエネルギーについての方程式でした。相対論でエネルギーを表す式というとなにがあるでしょうか。
そう、エネルギーが質量に等しいという有名な式があります。これを量子化すれば、相対論的な量子力学の基礎方程式ができあがります。

こうしてできた方程式をクライン・ゴルドンの方程式といいます。クライン・ゴルドン方程式はスピン0の粒子を表します。
さて、クライン・ゴルドン方程式の解は確率解釈ができませんでした。それを改良しようとディラックはこのクライン・ゴルドン方程式の平方根のようなものを求めました。

これがディラック方程式です。これはスピン1/2の粒子を表します。
ディラック方程式でも結局確率解釈はできなかったのですが、その他にも奇妙な性質があります。
まず、スピン1/2と-1/2の粒子の組が自然に現れること。古典的な量子論ではスピンは恣意的に入れ込んでやる必要があるのですが、ここでは最初から結果に現れてくるのです。
それから、エネルギーに正負両方の解がでてくるということがあります。要するに二乗したとき(ディラック方程式は平方根なので)に正の値を取るのは正負両方だからです。
負のエネルギーの問題は困ったものでした。ディラックはこの困難性を解決するために次のようなモデルを考えました。ディラック方程式は電子に対応するのですが、負の電荷とエネルギーを持った電子が空間を埋めつくしてると考えたのです。電子はエネルギーが低い状態になろうとするのですが、パウリの排他律によって空間のひとところにひとつしか占められないので、結果として空間は電子で埋めつくされることになるのです。時々電子がない穴が生じることがあります。そこは周囲の負のエネルギーが欠乏してる状態ということで正の電子として観測されるはずです。実際、真空に光子を打ち込むことで、電子と陽電子(正の電荷を持つ電子)が発生するのですが、これは真空に詰まっている電子がはじきとばされて、その跡が陽電子になると考えることができるのです。

このような電子の詰まった真空のことをディラックの海といいます。
ディラックの海は電子のようなフェルミオンにはうまく適用できるのですが、ボソンに適用しようとするとおかしなことになってしまいます。ボソンは空間の一カ所にいくつも存在することができるので、正のエネルギーのボソンがあっても、どんどんエネルギーを放出して真空に飲み込まれてしまうので、結局正の粒子は存在しないという変なことになってしまいます。今では真空に負のエネルギーの粒子が詰まっているという考えは採用されていません。ただ、似たようなアイディアとしてゲージ理論のヒッグス機構ではヒッグス粒子が真空に詰め込まれているという考えを採用しています。
それでは方程式に出てきた正負の粒子の区別はどうつけるのでしょうか。
詳しくは場の量子論のところで話しますが、負の粒子は時間を逆行すると考えるとうまく説明できるのでした。
いずれにしろ、正粒子に対する負の粒子(反粒子という)の予言がディラック方程式のひとつの成果であったのでした。
ところで、スピン0の粒子がクライン・ゴルドン方程式で、スピン1/2の粒子がディラック方程式でした。
では、スピン1の粒子は?
実は電磁気学の基本方程式であるマックスウェル方程式がスピン1の光子を記述するのでした。

マックスウェル方程式は本質的に相対論的なので、わざわざ相対論に適合するように書き直す必要はないのでした。

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