第10回や第16回でも取り上げましたスピンですが、これを使うことで、ひとつの軌道にはひとつしか入れないはずの電子がふたつ入ることの説明ができます。量子的にスピンという状態が違うので、ふたつの電子は区別することができるからなのです。
逆に良く似ている粒子同士をこのスピンに似た量子数を使うことでひとまとめにすることができます。そのうちのひとつがアイソスピンと呼ばれるものです。
陽子と中性子は電荷を除くと性質がほとんど同じです。そこで、陽子と中性子はアイソスピンが上向きと下向きの状態であると考えると、スピンと同じような数学的な定式化ができるようになります。 原子核の中で陽子と中性子を結びつけている力のことを強い力といいますが、アイソスピンの向きを入れ換えても、この強い力の性質は変わりません。こうしたとき、陽子と中性子はアイソスピンについて対称であるといいます。強い力についてはまた後の回で詳しく説明します。 このような対称性は量子や素粒子の世界では重要です。
特に重要になってくるのが、荷電共役(C)、空間反転(P)、時間反転(T)のみっつです。このみっつの変換をしても初期の素粒子論では波動関数の形が変わらないのでした。 荷電共役というのは粒子を反粒子に変換する変換のことです。空間反転というのは空間座標の符号を反転する変換のことです。そして時間反転というのは時間の向きを反対にする変換のことです。このうち、空間反転と時間反転は一般的なローレンツ変換の一種だったりします。量子の状態は空間の回転やローレンツ変換に対しては不変なので、こうした変換に対しても不変であると期待されました。しかし、実際にはC,P,Tそれぞれの変換に対して不変であるという保証はどこにもなかったわけで、事実、弱い力と呼ばれる力の作用の元では一部破られていたりします。そのかわり、CTPを全部反転した変換のもとでは保存するとされています。
弱い力というのはベータ崩壊をひきおこす力なのですが、そこで発生するニュートリノのスピンは左巻きしか許されていません。ということは、もしここで空間反転P変換をしたとしても、右巻きのニュートリノは存在が許されていないため、矛盾をきたすことになります。つまり、弱い力は空間反転に対して不変でないということになります。 これに対して、CPT変換をほどこすと、右巻きの反ニュートリノになります。右巻きの反ニュートリノの存在は許されているため、CPT変換に対しては弱い力は不変ということになります。この対称性の破れは実験によっても確認されたのでした。
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