【収録作】
「六十五歳デス」
六十五歳でかならず死ぬと運命づけられた世界。六十四歳になった主人公は、自分とどこか似た孤児の少女と出会ってしまう。
「太っていたらだめですか?」
健康がなにより優先される社会。主人公は体重過多を理由に解雇された。そんなとき肥満者たちを集めた公開デスゲームの開催が決定、主人公はその参加者に選ばれた。
「異世界数学」
主人公は数学が大嫌いな女子高生。数学を呪うことばを口にしたとたん、数学が禁止された世界へ飛ばされる。暗記した「解の公式」を使っただけで逮捕され、死刑を言い渡されてしまう。
「秋刀魚、苦いかしょっぱいか」
クルマが空を飛ぶ未来。AIがなんでも助けてくれるが、宿題だけは手伝ってくれない。小学生の主人公は夏休みの自由研究のテーマを探すうち、サンマという謎の魚を知る。
「ペンローズの乙女」
嵐の海に落ちた主人公を助けたのは絶世の美少女。だが彼女の住むこの孤島には生贄風習があった。
「シュレーディンガーの少女」
「あなた」は友人の物理学者から奇妙な実験への参加を頼まれる。「あなた」は観測者となり、渋谷のビルに立てこもるふたりの少女を観測する。ふたりにせまる危険とは。
世界各地の地下にある超高層団地。そこに住む二人の少年が、今夜「不屈の蛙計画」を決行しようとしていた。それは換気シャフトを通って外の世界に出てみようというものだった。
スマホ等で、書影・粗筋が表示されない方は「松崎有理先生著者インタビュー関連書籍」から
新年号の著者インタビューは、昨年末に『シュレーディンガーの少女』を創元SF文庫から出版された松崎有理先生です。
松崎先生、今年もよろしくお願いいたします。
こちらこそよろしくおねがいいたします。すみませんまだ正月気分が抜けてません。なんかへんなこといったらお屠蘇のせいだと解釈していただきたく。
お屠蘇ごときで変なことをおっしゃるとは意外です(笑)
量がはんぱじゃないのですよ。
なんとまあ(笑)
後書きに“本書のコンセプトは「ディストピア×ガール」です。松崎の小説は、いままでは男性主人公の物語が圧倒的多数だった。それは主人公を自分と同性にすると客観的描写がむずかしくなるからです”と書かれてますが、それは松崎さんが科学者的な見地から、主人公を客観視して描くことを目指されているからなのでしょうか?
これまで何人かの女性作家にもインタビューさせて頂きましたが、女性作家が書かれた物語の主人公は女性の方が多いような気がしてるんですが。
科学者的な見地といいますか、エンタメを提供してお金をもらう立場としては当然だと思っているからです。読者はきっと作家の自分語りなど読みたくないだろうと。
ん。でも「私小説」というジャンルが売れているのだからそうでもないのかな。とにかく、主人公と書き手を近づけすぎないのが松崎ルールだ、くらいに思ってくださいませ。
たしかに、わたしの読者としての長年の経験からいっても、作家は自分と同性の主人公を描きがちだと思います。でも上のような自分ルールがあるので、主人公を男性にしておいたほうがわたしとしては気が楽なのです。
なるほど。今回は女性が主人公ということで、松崎さんは気が抜けないし、ディストピア小説ということで、ヒロインたちも気が抜けないと(笑)
はい、自分としては大きな挑戦でした。でも読む側にとってはあまり関係ない話ですね。主人公をきびしい状況に追いこんでいるのは本書に限ったことではなく。
確かに後書きにも“小説の目的とは、試練にさらされた魂を書くこと。試練は厳しければ厳しいほど面白い作品になります”とも書かれてますね(笑)
昨年のインタビューでうかがった短編のなかでも、「異世界数学」(「数学ぎらいの女子高生が異世界にきたら危険人物あつかいです」改題)は、大幅に手が入っていて、より数学の面白さが増したようです。あ、松崎さんは数学が本当にお好きなんだなと。
この改稿では数学のおもしろさのより根源的な部分が伝わるよう工夫しました。たとえば、「数学が禁止されているときどうやってお買い物するのか」とか。それと、やっぱり数式はあったほうがわかりやすいと思ったので最小限で入れました。じつは縦組で数式入れるのってけっこう難しいんですよ。ゲラ段階で苦労しました。
90度回転してますもんね。
「異世界数学」でヒロインが通っている高校は、城趾に建っているという設定ですが、モデルの高校があるのでしょうか。
実は、岡中こと岡山県第一岡山中学校は、岡山城共々空襲で焼失するまでは隣接してました(岡山城城郭内)。運動会は城壁の横で行われていたようです。
モデルは母校の水戸第一高校です。ほぼ描写したまんまです。そうですか岡山にもお城を使った学校があったのですね。
地元では有名です。
松崎さんの『あがり』に続く、母校シリーズに発展したりして。ちょっと期待(笑)
発展するといいなあ。じつは、もう10年も前に書いた児童書『洞窟で待っていた』も、あのへんを舞台にしているんですよ。主人公たちは小学生で、物語の終盤で城跡にある高校に忍びこみます。
『洞窟で待っていた』というと、2013年にインタビューさせてもらってますね。そうか、舞台は水戸第一高校なんだ。
そういえば、アジマやコマキやイーダが大きくなったその後の話を書くという構想はどうなったのでしょうか?
そっちのほうはまだぜんぜん叶ってないんですが、あのとき話した「なまづをとこのおおみそか」は『代書屋ミクラ すごろく巡礼』に作中作として出して、かつ絵本化もしました。絵本は自分のサイトで発表しただけですが。
はい、拝見してますよ。これも「つちもの」ですね(笑)
「異世界数学」に書いてあった“数学の素質とは、問題をしつこくしつこく考えつづける能力だよ。”というのがあってなるほどと思いました。
あと、“無限の部屋があるが満室の宿屋に、新たに無限の旅人を泊める方法”も、無限の説明として面白いですね。なんとなく誤魔化されている気分になるかも知れませんが(笑)
で、色々と考えることが大事と言うことなので、有限の満室の宿屋に追加の一人を泊める方法を考えてみました。全然数学とは関係ないんですけど(汗;)
1号室から60号室まで部屋があるホテルがあって満室。追加のお客様が来たら、60号室の部屋のお客に「トラブルがあったので59号室に移ってください。荷物をまとめて外に出してください。」と頼んで、荷物を運び出すのに10分、荷物を部屋の外に出してフロントで部屋替えの手続きをして貰うのに10分かかるとします。以下順番に一つ若い部屋に移動して貰えば、1号室のお客さんが60号室に入室するまでに600分かかるので(途中で何人かチェックアウトしている可能性大ですが)、追加のお客は60号室に10時間は滞在できます(笑)
いや数学的ですよ。でも夜中に起こされるお客さんはたいへんですね。
部屋を移るのを拒否するお客さんも出てきそう(笑)
書き下ろし作品としては「シュレーディンガーの少女」が収録されてますが、これが実は松崎さんの大好きなゾンビもの。題名からは想像もつきませんでしたが(汗;)
よかった。ゾンビものであることはとちゅうまで巧妙に伏せているので。
ゾンビと「シュレーディンガーの猫」を題材にどうまとめるかが腕の見せ所ですね。
参考文献として挙げられていた『ゾンビでわかる神経科学』は大変面白い本でした。読むと「あ、この知見が、松崎さんの新たなゾンビ像に活かされている!」と新たな発見が。
いやあほんとにすばらしい本です。あれなしに書き下ろしは仕上がらなかったでしょうね。
ゾンビファンのあいだで熱く議論される「走るゾンビっていったいなんなんだ問題」にじつにみごとな解をあたえているところがなんといっても白眉です。
わたしも、以前から「ゾンビ映画でゾンビに食われちゃう人と、たんに噛まれてゾンビになっちゃう人がいるのはなぜなんだ」と疑問に思っていたのですけど、あの作品を書いているとちゅうで解を思いつきましたよ。そうだあれはZウイルスの弱毒化なんだと。人間を食い殺しちゃうと効率よく感染を広げられないので、凶暴性が徐々に低下して噛みつくだけになるんですよきっと。
あ、そこらへんは私も常々疑問に思っていたところなので全く同感です!
すみませんゾンビについて語っているときりがないですね。
あとひとつだけ。『神経科学』も良書ですが『ゾンビ対数学』(コリン・アダムズ著)も同じくらいおもしろいですよ。日本タイトルだけ大賞受賞作、かつ翻訳があの小谷太郎さん。つまんないわけがない。
『ゾンビ対数学』、目次を見ると「第8章 18時間後-生ける屍の冷たい方程式」というのがあって、これは読まざるをえないと思いました(笑)
でも読んだら、あの「冷たい方程式」とは全く関係の無い「冷たい方程式」だったという(汗;)
これは、翻訳された小谷先生が忖度されて付けた題名なんでしょうかねぇ。
ネットの感想を見ると、微積分の参考書としては首をかしげるとかの意見が多いようですが、これって元々そういう教育的効能を求めてはいけない種類の本のような気がします。小谷先生の後書きを読んでも(おもてだって書かれては無いけど)そういう印象を受けました。微積分をどうやってゾンビとの戦いに関係づけているかを楽しむ本じゃないのかなぁ(笑)
いやもう小谷さんの訳文のセンス最高ですよ。「ゾンビがタカを産んだ」「ゾンビがくるりと輪を描いた」なんて、原文はどうだったのかわかりませんがもう訳したもん勝ちです。
駄洒落の権威である松崎さんが驚喜するセンス!(爆笑)
ええ、微積分の参考にはならなくてもおもしろければいいんですよ。この本の効能についてはわたしのサイトの記事内でも熱く語っています。
ようするに、「数学ってなんの役にたつの」と問われたら、本書をみせればよいのです。
そう言い切れる松崎さんは、やはり著者のコリン・アダムズと同じセンスの持ち主だわ(笑)
わあほめられた。
(笑)
『シュレーディンガーの少女』に松崎さんのイラストが描かれた販促カードが入っていました。
これを見て思いだしたのですが、松崎さんはホームページで四コマまんがシリーズを展開されてますよね。
で、『ユリイカ2022年11月号』今井哲也特集号に、オマージュ短篇「不屈の蛙は青い海をみるか」が掲載されているのを知って、ユリイカ編集部、わかっているなぁと。
販促カード、言及ありがとうございます。せっかくつくったのにいまのところ反応が薄いので取りあげてもらえてうれしいです。これも、なまづをとことタコが出演しています。
うーんユリイカは、締切までかなりぎりぎりの段階で声をかけられたのでおそらくだれかほかの作家さんの代打だったのだろうと思っています。でもいいんです、ユリイカだから。結果的におもしろい仕事ができたし。
よくわからないんですけど、作家の方にとって「ユリイカ」はどういう存在なのでしょうか。科学者にとっての「Nature誌」あたりとか?
わたしにもよくわかりません。大学の先輩である郡司ペギオ幸夫先生がときどきユリイカに載っていたので、単純にうれしかっただけかもです。(http://www.ypg.ias.sci.waseda.ac.jp/ronbun2.html でキーワード「ユリイカ」で検索してください)
郡司ペギオ幸夫先生、雑誌のメタバース特集号でお名前を拝見したような気が。私の手にはあまりそう(汗;)
わたしの手にもあまりまくりです。むかしからよく理解できないことをやっているひとで、いまだに理解できません。そのわけのわからなさはたぶんカニコンピュータで頂点に達しました。
郡司先生、イグノーベル賞を受賞されてないのかなぁ。審査委員の怠慢かも(笑) 常人には理解不能の天才なのでしょうね。
「不屈の蛙は青い海を見るか」は、少年たちの未知なるものへの飽くなき探究心を描いた好短編ですね。
これは今井哲也先生へのオマージュということですが、詳しくないのであれなんですけど、『ぼくらのよあけ』からも同じテイストを感じました。
ユーリという女の子が出てきたり、ケンイチという男の子も出てくる(あ、うちの長男が研一といいます^^;)ので非常に親近感が(笑)
そういえば、カエルも出てくるぞ。
ええ、『ぼくらのよあけ』はがっちり参考にいたしました。もちろんカエルは重要なアイテムです。なおタイトル「不屈の蛙」はこっそりとP. K. ディックへのオマージュだったりもします。
あれ、そっちは気が付きませんでした(汗;)
名前というと「ペンローズの乙女」、主人公がヨーイチと言う名前で、煩悩の塊ということで他人とは思えなかったりして(笑)
あっすみませんそういえば似たお名前ですね。たんに、ヨーイチ=「洋一」と、海っぽい名前にしたかっただけで深い意味はないのです。
それと初稿ではもっと煩悩大爆発描写だったのですが担当編集者に「やりすぎ」と諭されてずいぶん削りました。
あ、その煩悩大爆発版、ぜひ読みたいです(笑)
生け贄の島の島民に助けられた少年と、フェルミパラドクスが**の淵で出逢うとき何が起こるかという。フレドリック・ブラウンも思いつかないかけ離れたお題の三題噺がこうも美しい短編に結実しようとは。
ありがとうございます。かけはなれたものを結びつけるのはだいすきです。ネタバレを避けてくださるご配慮はうれしいのですけどこの作品、そうするとなんにも語れませんよね。このインタビューではネタバレ全開でもかまわないと思っていますがいかがでしょうか。
作者の方がそうおっしゃられるなら、当方は全くもって異存ございません(笑)
まず、今井哲也先生関連でいうと、「ユリイカ」誌に再録されている「スペースおくのほそ道」。初めて読んだんですけど、もの凄い感性の発露を感じました。目茶苦茶好みで、痺れました! 肉体を捨て上層世界での精神的存在へと進化した人類の一人が、俳句を詠むためにわざわざ生身の肉体を得るという。ヘンテコ生命体も魅力的だし。
この作品と、精神的存在であるペンローズ族の一人が、超巨大ブラックホールの淵から遥か過去に滅んだ人類の記憶を読むという「ペンローズの乙女」の詩情がオーバーラップして感じられたのです。
あ〜、松崎さんと今井さん、好き!(笑)
「スペースおくのほそ道」はすてきな作品ですね。設定が凝っているわりに読みやすくて、出てくる異星人もみんなかわいい。時間軸の長さだけは「ペンローズの乙女」の勝ちです。
そんなところで勝負しなくても(笑) もう一本再録されている「三丁目クオンタム団地」も、電柱になり動けなくなった女の子に世界を見せるために、反射鏡を設置してまわる少年を描いた切なくも叙情味溢れる一編でした。
「ペンローズの乙女」は、空前絶後のタイムスパンの長さを誇る短編なのですが、前回のインタビューの際におうかがいした「掃除と掃除用具の人類史」も無類のスケールの大きさでしたよね。
「とにかく時間軸のやたら長い作品を書きたい」という野望が強すぎて、2本書いてしまったのですよ。「乙女」と「掃除」はほぼ同時期に執筆しました。「掃除」のほうが人類の黎明をあつかっているのでタイムスパンがちょっとだけ長いですね。
なんと同時期の執筆だったのですね。
どちらもブラックホールが重要な役割を果たしているし。
時間について考えはじめるとブラックホールに触れざるを得ない気がいたします。
もしかして、ゾンビと共にブラックホールもお好きなのでしょうか。
まだまだ謎が多くておもしろい存在です。これに加えてダークマターとダークエネルギーについてもいろんな嘘っぱち物語を書けたらいいなと思っています。
ブラックホール大好きなんですよ。福江先生の『90分でブラックホールがわかる本』インタビューも面白かったし、220号と221号の山口先生の著者インタビューが、ブラックホール+美少女ものでした。創元日本SF叢書では、『ランドスケープと夏の定理』(忙しくて作業途中(汗;))が、シスコン+ブラックホールでしたし。記憶装置、演算素子、エネルギー源と使い道も色々(笑) SF作家の間で流行っているのかしら?
ダークマターとダークエネルギーネタのバカSFも、ぜひお願いします。
きっとみんな謎存在だいすきなんですよね。オカルトとかミステリが人気なのは謎のせいでしょう。ダークエネルギーはまだほとんどなんにもわかってないのでやりがいがあります。目の覚めるようなバカSFをものしたいです。
松崎さんならではの、目ん玉がでんぐり返るようなバカSFが出来上がると期待してお待ちします(笑)
そういえば、松崎有理(作家)公式@yurimatsuzaki_nにあるリンクに、農林水産省の「令和3年度フードテック振興に係る調査委託事業」というのがあって、そこに松崎さんの短編(「山のくらし」と「街のくらし」)が公開されてます。
「2050年の食卓の姿」を描いたSFという体裁をとってます。この短編では、あまりはじけてない松崎さんですが、細かいあれこれは、確かにあってもおかしくない――ありそうな未来だと思いました。
ええSFプロトタイピングってどうしてもいろいろ制約があって、あんまりディストピアな未来は描けないのですよ。
とはいえ、ふだんは接することのない業種のひとたちと話し合いながら作品をしあげていくのは刺激があって楽しい仕事です。今回の作品には食べることがきらいな女の子がでてきますが、フードテック関連のひとたちはみな食べるのだいすきなので、「信じられない!」と非難囂々、まではいきませんけどそうとうに議論を呼びました。
他業種にまたがるワークショップ的なものは、私も一度だけ経験があるのですが、色んな観点からの意見を聞くことが出来て、目から鱗多々でしたね。
皆様、松崎有理(作家)公式をフォローすると、作家活動のアナウンスが届くほか、フォロワー限定のプレゼント企画(著作の電子版が当たる等)もあります。著作のWeb無料公開のお知らせもいちはやく届きますよ。
おねがいいたします。これはと思う最新科学ニュースの抜粋や松崎のとぼけたつぶやきもときどき流れます。
『週刊新潮』からも石井千湖さんのディストピア小説とからめた書評も出ましたね。
牧先生の方に、デビューして干支が一回りと書いてありました。もうそんなになっていたとは。←実は知っていましたが(笑)
次の二回り目も、面白い作品を読者にお届けいただけるとうれしいです。
自分でも、よくぞこれまで生きのびてこられたなと。作家の世界ってお笑い芸人さんとかと似ていて、売れなくなったらひっそり消えるしかないのです。コンスタントに仕事ができるのは、拙作を読んでくださる読者のみなさまと、牧さんはじめ拙作を読者へつなげてくださる方々のおかげです。この場を借りてお礼申しあげます。
二回り目も、一作一作が最初の作品であるかのように、かつ最後の作品であるかのように書いていきます。これからもよろしくお願いいたします。