| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

Author Interview

インタビュアー:[雀部]

『代書屋ミクラ』
> 松崎有理著/丹地陽子イラスト
> ISBN-13: 978-4334929015
> 光文社
> 1700円
> 2013.9.20発行
収録作:
「超現実的な彼女」「かけだしどうし」「裸の経済学者」「ぼくのおじさん」「さいごの課題」
 大学および各種教育研究機関に勤務する研究者は、3年毎の期間中に論文を発表し、それが一定水準以上の被引用指数を獲得できないと退職しなければならないという法案が成立した(超有名雑誌に掲載されると一本でOKとはいうものの)
  そこで、各研究者は、それぞれの論文を書けないよんどころない事情から、代書屋に仕事を依頼してくるのだ。ミクラが手を染めた論文は、「結婚と業績の相関」「はげ遺伝子は進化的に中立であることの証明」「良心の研究 無人販売の経済学」「結婚における男の評価基準はなにか」「“目標は紙に書くと実現する”説の検証」等々。代書屋の仕事の本質は、研究者をしあわせにすることだとして、いったいどこにあるんだろ、ぼくのしあわせ。

『あがり』
> 松崎有理著/岩郷重力+wonder workz Cover Design
> ISBN-13: 978-4488745011
> 創元SF文庫
> 860円
> 2013.10.31発行
 単行本版『あがり』収録作に、「幸運の神を追う」を追加した短編集。
 それは、実験動物に恋をした若い男性の逃避行のものがたり。

『洞窟で待っていた』
> 松崎有理著/横山えいじ絵
> ISBN-13: 978-4265075072
> 岩崎書店21世紀空想科学小説
> 1500円
> 2013.11.30発行
 洞窟探検が好きな男の子、アジマ。「どぼくぎし」になりたい女の子、コマキ。幼なじみで親友のふたりが、六年生になったとき、同じクラスに、これまた変わり者のイーダが転校してきた。「イーダは穴が好きなんじゃないかな」ふたりはイーダを誘い、いっしょに「さくまちちかほどう」へ行くことになったが、通路の入り口の壁にイーダが手をついた、そのとき。「なにかに手をつかまれた」

雀部> 今月の著者インタビューは、お久しぶりの松崎有理さんです。先月の酉島さんの著者インタビューの際に、お家芸(?)となった「乱入」して頂いたんですが、前回のインタビュー(前編後編)から、もう1年9カ月も経つんですね。
松崎> あれっもうそんなに経つんですか。前回のインタビューのあと岡山駅で「おかやまホワイトピーチ二段弁当」と「独歩ままかりサイダー」を買いこんで新幹線に乗りこんだのはついひと月前くらいの感覚なんですが。わたしのまわりだけ時間のながれがおかしいんでしょうか。
 そっかあ。くるときキヨスクでみかけた弁当、「ぼっけぇピオーネ炊き込み釜飯」になってましたもんね。ざんねんなことに完売してましたけど。味見したかったなあ。雀部さん食べたことありますか、って地元のひとは意外に買わないんですよね。
雀部> 「独歩ままかりサイダー」とか「ぼっけぇピオーネ炊き込み釜飯」なんてゲテモノは、何も知らない観光客しか買わないっすよ。
 それよりお願いしていた名古屋名物「をちこちひつまぶし」買ってきてくれました?
松崎>  名古屋市内の某老舗が出した新メニューですね。メーテレが夕方の番組で特集したせいか連日飛ぶように売れてるらしくそりゃあもう入手困難、って、広く誤解があるようなのでこの機会に公言しておきますが、現在わたしは名古屋在住ではありません。それに仙台在住でもありません。都民なので、地方特産物ネタがつかえないのです。 ごめんなさい。
雀部> ありゃ、いつのまにか都民になられていたとは。
 二冊目を出すのは、宮内さんに先を越されましたが、3冊目も出されて順風満帆と思ってよろしいでしょうか?
松崎> そんな。恐縮です。
 9月の『代書屋ミクラ』(光文社)が二冊目、11月の『洞窟で待っていた』(岩崎書店)が三冊目となります。デビュー四年で三冊ですので、ペースとしてはまあまあかもしれません。
 しかし、「デビュー後の三冊で評価される」(大意/『売れる作家の全技術』大沢在昌)のがこの世界ですから、まったく気を抜けません。デビュー作『あがり』をふくめたこの三冊のセールスが勝負だと思っています。
雀部> おぉ、それは協力しなくては(笑)
 そういえば、今年の8月に「東北四大祭ツアー」というバス旅行に参加して、七夕祭りの時に〈北の街〉にも行ってきたんですよ。
松崎> あっいいですねえ。
 白状しますとわたし、とうとう仙台七夕しか参加しませんでした。でもしずかで風情があっていいまつりだと思います。地元民は夜、観光客の波がひけてからみにいくのです。ふふ。
雀部> まあ私も在学中夏休みは帰省していたので、仙台七夕あまり見たことがない(笑)
 見てきたのは七夕の飾り付けのある繁華街と、「隻眼の領主像」あたりで昼食です。理学部・工学部のある蒼羽山地区も通りました。なんか、やたらと工事をしていた(笑)
松崎> ええ、幸か不幸か復興景気らしくて。地下鉄東西線も含めて市内あちこちで工事ばっかりしてるみたいですね。
雀部> そうなんですか。ま、蛸足型総合大学の工事だったみたいなので、復興とは関係ないかも知れませんが。
 前からお聞きしようと思っていたんですが主人公の「ミクラ」って名前はどうやってつけられたんでしょうか。カタカナの機器などは漢字に、漢字の名前はカタカナにというのはわかるんですけど。英字表記だと"MICRA"と書かれてますが、日産マーチに関係はありますか?
 ラパンという軽四があるんで、ミクラもクルマ関係なのかと思った次第(笑)
松崎> ミクラの名前は、天から降ってきました。命名ってにがてなんですがまれにこういうことがあります。トキトーさんも同様で、このふたりの名前についてはまったく迷いませんでした。あっ、そういえばアカラさまもするっと出てきたっけ。
 だからミクラのアルファベット表記をMicraにしたのはあとづけです。「ちいさい」という意味で、生物の種名や属名によくつかわれてるんですよ。有名なのはこの世界最小カメレオンBrookesia micraかな。
  そうそうマーチの輸出バージョンのなまえがMicraなんですよね。もっともあっちの発音はマイクラですけど。ちいさい車なんだぞ、ってことを強調したかったのでしょうね。そういえばなんねんか前にアイルランドを一周旅行したときレンタルしたのがこの車だったなあ。
雀部> アイルランドとはまたマイナーなところに。お仕事とか取材旅行だったのでしょうか。
松崎> いえ。たんに行きたかっただけ。まだ作家になる前で、夏期休暇つかってふつうに観光旅行でした。いいところですよビールがおいしくて。ぜひまた訪問したいものです。
雀部> ググって見ると英国嫌いで、敵の敵は味方ということで、日本びいきだと書かれてますね。
 「小説 宝石」('13/11月号)の“光文社から生まれた本”コーナーに、「恋愛小説か、と思っちゃいけませんよ、奥さん。」という自薦エッセイを寄せられていますが、読者対象としては、女性が主たるターゲットなのでしょうか?
 まあ、“本書はホラー小説であり成長物語でもあります。恋愛小説というみかたは、本書のほんの一部を表しているにすぎません。だからそこの男子、あるいはおじさま、そして奥さん。気がねなく手にとってくださいね。”と結ばれているんですが、女性の読者層を広げようとされているのかなと。
松崎> 雑誌までチェックしていただいて。ありがとうございます。
 「〜ですよ、奥さん。」というフレーズは東京創元社でのデビュー当時からしばしばつかってまして。「女性読者の少ないSFに主婦層をとりこむのだ」という建前なのですが、じつはたんに語呂がすきなだけです。
 光文社『ジャーロ』では、「SFって意識せずにいきましょう」(大意)という方針で連載を開始しました。だからとくに女性をターゲットに、というつもりはなく。書籍担当編集者も「20代から30代の社会人男女むけ」(大意)と、いってましたし。
雀部> 「ジャーロ」もそうだけど、「小説宝石」誌自体も、昔からSF載せてましたよね。というか復活した「SF宝石」買いました。電子版ですけど。
 同時に“じつは本書は「斬新な設定によるホラー小説」なのですよ。”とも書かれてます。えっ、『代書屋ミクラ』って、ホラー小説だったのかと(笑)
 SFと同時にホラー小説を書かれる作家さんはけっこういらっしゃるので―著者インタビューの中でも、浅暮三文さん、牧野修さん、小林泰三さん、瀬名秀明さん、恩田陸さん。郷土の誇り岩井志麻子さん(笑)―だいぶ傾向が違いますよね。
松崎> あっすみません。ただしくは、「研究者にとってのホラー小説」です。それ以外のかたにとっては怖くもなんともないことでしょう。ああ、第二話だけは特定のひとにとってホラーかもしれませんけど。
雀部> 中年以降のオッサンには確かにホラーだ(笑)
 私にとって『代書屋ミクラ』の最大の魅力は、「島弧西部古都市において特異的にみられる奇習“繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム”は戦略的行動か?――解析およびその意義の検証」と同じく“架空の論文・仮説の面白さ”なんです。前提条件が、なさそうでありそうな、その微妙なライン引き。
 これは、パッと思いつかれるんですか。それともネタ帳、または苦吟の末なんですか。
松崎> 作中に登場する研究がおもしろい、といっていただけるととてもうれしいです。おもしろくて、かつ、じぶんがやってみたい、と思える内容を厳選しています。
 『代書屋』に登場する研究は、は架空論文シリーズの延長みたいなものなのです。じっさい、第二話や第五話は電子総合文芸誌『アレ!』での連載のネタを流用しています。この連載も毎回ひじょうに苦労しましたが、代書屋でも各回の研究を考えだすにはそうとう準備しました。それこそ論文や専門書をあさりまくって。つい先日、代書屋執筆のためにためこんだ論文のコピーをがさっと捨てたところです。重かった。
雀部> 面白い研究テーマが無ければ、ミクラ君も腕をふるう余地がない(笑)
 資料を捨てたってことは、ミクラ君に会えるのはこの本で最後なんですか。
松崎> いえいえそんなことはなく。たんに、不要になったぶんを処分しただけで。
 『代書屋ミクラ』シリーズは、さいわい光文社で好意的に評価していただいているので、今後もつづく予定です。どうつづくのかはまだオフレコですけど。
雀部> あぁ良かった。もっと苦労して、もっと女性にふられて(というかそこまでたどり着いてないけど)、もっと研究者を幸せにしてくれると信じてます。
 『ジャーロ』49号掲載の、「月の裏側・日本のまつり―日本人の知らない日本についての文化人類学的報告」は、架空論文シリーズの一環ですよね?
 そういや、『アレ!』ってなんか新しくなって出直すって聞いたんですが……
松崎> ええ、わたしも以前その話ききました。でもあたらしい雑誌名もわからないので探しようがなく。
 新連載コラム「月の裏側」は、おっしゃるとおり架空論文の文系バージョンだと思ってくだされば。『代書屋』連載の担当編集者が『アレ!』での架空論文シリーズを気に入ってくださってて。無類の猫ずきなので、猫ネタが多かったせいという疑惑もありますけど。それと『代書屋』ちゅうの人類学ネタや、こちらで紹介した「徳島すだち投げ祭り」という嘘まつりネタが彼のこころにヒットしたらしく。「図版を入れてくださってけっこうですので」という殺し文句で落とされました。すくなくともつぎの『代書屋』連載がはじまるまでは、そしてできればそのあとも、つづける予定です。
雀部> なんですか、それ。興味あるなあ(笑)>架空論文の文系バージョン
 『洞窟で待っていた』出ましたね。で、どうなんでしょう、憧れの横山えいじ先生のイラストがついた自著の感想は。
松崎> いや、もうね。
 児童書ですから挿絵がつくというのはさいしょからわかってました。で、岩崎書店の編集者とプロットをつめていく段階で、「イラストレーターは指定できますよ。どうしましょうか」(大意)という提案がありまして。しめた、と即、横山さんの名前をあげました。大御所だしお忙しいだろうからむりかもな、と思っていたのですが、意外にもすんなり通って。
 あとはもう、ラフが送られてくるころからお祭り状態ですよ。
「横山さんでしたら一行もよまずに三つ目の宇宙人とかロボットとか描いてくださってけっこうです」とお伝えしたのですが、本文にひじょうに忠実に仕上げてくださって。すばらしい仕事です。すべてすばらしいのですが個人的にはキャラクタ、とくにコマキが気に入っています。それと裏表紙。あれを描いていただくためにあの話を書いた、といっても過言ではありません。ふふ。
雀部> あっこれか(笑)
 そういえば、松崎さんのホームページに、“カメレオン描いてほしかっただけ疑惑満載です。”って書かれてますね。
松崎> じつはですね。横山さんに描いていただくために、プロットにかなりむりやりカメレオンをつっこみました。ほんと、描いてほしかっただけ。ファン根性まるだし、公私混同もいいところです。
 そうそう、前回のインタビューで公開ラブコールしましたもんねえ。
 じつはわたし、作家としての「短期目標/中期目標/長期目標」というのを設定しておりまして、中期目標は五年をめやすとしていたのですけど、この中期目標が「横山えいじさんに表紙描いてもらう」だったのですよ。デビュー四年めにして達成することができました。ありがとうございます。
雀部> それはおめでとうございました。
 短期目標はデビューすることではないかと思いますが(?)、長期目標は何なのでしょうか、かまわなければお教え下さい。
松崎> いやその。短期目標は一年以内で、いまや目標というよりたんなる予定表と化してます。
 長期目標は十年をめどに考えてます。ええ、けっこう大胆な内容ですので、ないしょです。さらに「最終目標」というのもありまして、そっちをかわりにいいましょうか。イグノーベル文学賞です。授賞式のために自費でハーバードにいくのです。
雀部> イグノーベル文学賞って、まだ日本人は受賞してないんですね、期待して待ってますよ!
 今年も日本人科学者が受賞したようで、一つは松崎さんも大好きなタマネギの催涙物質を作る酵素の発見と、もう一つは音楽が免疫機序に及ぼす影響なんですね。
松崎> ええ、たまねぎ研究はぜひいろいろ進めていただきたいと思います。いつか「たまねぎSF」を書いてやろう、とたくらんでおりますので、ネタを提供していただけるとひじょうにありがたいです。
 イグノーベル賞はほんと、ネタの宝庫なんですよね。アイデアにつまったときは過去の受賞研究いちらんをながめています。なお2013年のものでいちばん気に入っているのは心理学賞「酔っぱらったと思っている人は、同時に自分は魅力的だと思っていることを、実験により確認したことに対して」です。
雀部> あ、なんですか、その面白い研究(笑)
 この岩崎書店の子供向け書き下ろしSFシリーズである〈21世紀 空想科学小説〉シリーズ全体については、日本SF作家クラブ会長の東野司さんにお聞きする予定だったのですが、会長職がお忙しくて後回しとなっております。すみません。
 ということで、このシリーズの一番手として松崎さんにお聞きすることとなりました。よろしくお願いします。
松崎> えっそんな。責任重大だなあ。わたしは東野さんからお話いただいて執筆した新人作家にすぎないので、シリーズ代表スポークスマンみたいなことはまったくいえませんが、それでもよろしければ。
東野>  このシリーズは、企画立案した私がいうのもなんですが、久々の子ども向け書き下ろしSFシリーズということで、ちまたでの評判もよく、セールスも好調のようです。そのへんのお話をここの中にいれるのも何ですし、シリーズ全体につきましては、またあらためてそのへんを含めてお話しさせていただければと思うのですが……。

 インタビューのお話につきましては、申し訳ありません!!
 ここのところずっと会長職に忙殺されておりました。
 また、あらためましてお願いいたします。
雀部> あ、東野さんお久しぶりです。
 電波飛ばしたつもりは無いんだけど……
 いつもとは反対に、松崎さんのインタビューに乱入頂きありがとうございます(笑)
松崎> 東野さんおつかれさまです。
 なんでしょう乱入していただけるってありがたいものですね。とてもあんしん。
雀部> あ、行ってしまわれた。
 シリーズ全体については東野司さんにおうかがいするとして、小学生向けの空想科学小説を書かれた感想はどうでしょうか。
松崎> 児童むけ作品執筆というのは正式にははじめてで、さいしょ作法がわからずとまどいました。
 でも結果的には「ひらがな多めでたすかりましたよ。ふつう、こちらでいちいちひらくのですが、その作業が不要になりました」(大意)などと、担当編集者にほめられました。だいじょうぶだったみたいです。
 それと児童書って、ルビがついたり挿絵がはいったりする関係で組版に時間がかかるので、通常の書籍より入稿の時期がはやいんですよ。それがちょっとたいへんだったかな。
 と、いうのが技術面。内容面につきましては、じつは創元『あがり』最終話の「へむ」を書くにあたって、あれは主人公が小学生ですから「児童書研究」というのを小浜さんと徹底的にやったのです。その蓄積があったのでたすかりました。「秘密基地文学とは」という主題で児童書をえらんでもらって、こっちで読んで、プロットと感想書いたりとか。児童書特有の構造や文体にも慣れましたし、ひじょうによい経験でした。
雀部> なんと『あがり』で既に児童書を書くシミュレーションをされてたんですね。
 そういえば、『洞窟で待っていた』に出てくる『へむへむさん』ってまんがは、ユーリー小松崎先生のデビュー作って書いてありましたが?(笑)
松崎> あっよかった気づいてくれた。
 ほかにも『はりもん』『やみくもやみつきやみのなか』などの作中作が出てきます。このふたつは、わたしがじっさいに公式ホームページで展開している四コマまんがシリーズです。作中作という手法はけっこうすきで、『代書屋』でもやっています。粘菌研究者の自伝『みなあんぱんのおかげです』は最高傑作だと思ってます、タイトルしかありませんが。
 角川の『蛇足軒奇譚』では『なまづをとこのおおみそか』という架空の絵本をなんとかして登場させようと画策中。ええもちろん、『羊男のクリスマス』へのオマージュです。ボツになるかもしれないのでいまここで慷概を書いておきますね:
「おおみそかに借金を返せない呪いをかけられてしまった鯰男が呪いをとくために地下の穴にもぐる。穴のなかではりもんやへむへむさん、やみくもたちに出会う。さいごはぶじ呪いをといて借金を返し、ハッピーエンド」
 まとめたら、けっこうしょーもない話でございました。
雀部> 穴掘りというと、笹本祐一さんの『裏山の宇宙船』(裏山に宇宙船が埋まってた)を思い出したりするんですが、果てしなき宇宙とともに、何が埋まっているかわからない地底(海底)の奥底にそこはかとない憧れを抱いたりしますよね。バロウズのペルシダー・シリーズとか、最近映画化されたセンター・オブ・ジ・アースとかの地底モノもありますが、理系女子としては、どのあたりが魅力的なのでしょうか。
松崎> 地下というのは宇宙にもまさるフロンティアですよ。だって6000万kmはなれた火星には探査機送ることができるのに、足元からほんの数km下におなじことはできないでしょ。
 地下にはまだまだポテンシャルがあります。SF的にももう描きつくした、と思われるかもしれませんが、そんなことないんです。たとえば微生物叢。調査困難、かつ培養困難なせいで、どんな微生物がすんでいるか謎につつまれたままです。利用されてない資源だっていっぱい眠っています。地下ってもっと注目されてもいいと思うんですよ。たしかに宇宙にくらべるとかくだんに地味ですけどね。
 でも。岩崎書店の担当者いわく、子供たちはけっこう地下ずきなんだそうです。「つちもの」と、よばれてつねに一定の人気があるみたいで。だから、「穴にもぐる話をかきます」といったら担当者に喜ばれました。本シリーズ執筆者ちゅうには、こういう方向性で書くひともいなかったようですし。
雀部> 「つちもの」って言うんですか、初めて知りました。
  そういえば、仙台で初めて下宿したところ、隣の部屋が理学部地質学科の先輩で、「霊屋橋(おたまやはし)の下は良い化石が出るんだぞ」とかよく聞かされてました。別棟の先輩は工学部土木工学科、トンネル掘りが専門で、国鉄(当時)に就職しました。「つちもん」の先輩たちだな(笑)
松崎>  わたしたちの年代が入学する直前まで、蛸足大学には「つちコンパ」なるものが存在したそうですよ。理学部地質学科・工学部土木工学科・文学部考古学科がよりあって酒をのむつどいです。すっごくたのしそうでしょ。それに、こういう学際的あつまりって当時にしても貴重だったと思うのです。
雀部> ほぇ〜っ、「つちコンパ」ですか。確かにそういう学部横断的な集まりは、研究者にとって普段とは違う物の見方を知る得がたい機会でもありますね。
 地下深くの極限環境の細菌にも興味あります。インタビューさせていただいたことのある長沼先生の得意分野だなぁ。松崎さんもそういう極限域の微生物について研究されたことがあるんですか。
松崎> いえ、わたしは微生物屋ではなく細胞屋でしたので。
 でも、『あがり』収録の「不可能もなく裏切りもなく」執筆のために極限環境微生物についてはずいぶん調べました。おもしろいやつらです。まだまだおもしろいことをひきだせそうなので、もう一本くらい書いてみたいな。
 と、思っていたのが『蛇足軒』最終話で結実しそうです。ついにホラホラ属の正体があきらかになります。ホラホラ属を鼻行類くらいに有名な架空生物分類群にするのが目標です。あ、さらにいうと、はりもんをホシヅルくらいに有名にするという野望もあります。この話をしたら小浜さんにはさめた反応をかえされましたが。
雀部> “穴”関連で、鍾乳洞も出てきますがお好きなんでしょうか。岡山には、『八つ墓村』のロケに使われた満奇洞とか井倉洞があります。若者のデートコースとして鍾乳洞は最適ではないでしょうか(笑)(私もここでデートした記憶が^^;)
松崎> なんと、洞窟デートとは。お相手は土木少女でしょうか。
 おかやまの穴関連といえば、鍾乳洞ではないですが棚原坑道がありますね。いったことないんですけど、施設ふくめてすごくたのしそうです。
 ええ、鍾乳洞はすきです。原体験は、やはり関東生まれですのであぶくま洞。仙台に住んでいたころは龍泉洞ですね。水や、その水をつかったコーヒーがおいしいのです。
雀部> お相手はカミさんです(汗;)
 某所で“孫に読ませたい本”という書評をしているんですが、岩崎書店のこのシリーズは、もう少ししたらぜひ孫に読ませたいと思っています(四歳)
 最初は大人が音読してやったほうが良いと思うのですが、どうでしょうか。
松崎> ありがとうございます、光栄です。
 しかし四歳ではちょっとはやいかなあ。あの作品は12歳をターゲットとして書いたつもりですので。
 音読でも理解はむずかしいかも。あっそれじゃあ、挿絵みせてあげるっていかが。本文は無視してけっこうです。
雀部> まあ、小学生になったらかな。学校歯科医をしている小学校に一式寄贈する予定。
 最後のあれ、“依頼者”はきっと“ココダシ”と地下の名所巡りをしている気がするなぁ。アジマやコマキやイーダが大きくなったら地下に招待してくれるぞ。きっとそうだよ。
松崎> そうかあ、そういう解釈もありですね。
 じつは、続編を書くという構想があるのです。かれら三人が成長したあとの話で、もちろん児童書ではありませんから他社での執筆となります。
雀部> これまた楽しみです。
 ホームページで告知のあった『イデアル』は順調に進んでいるのでしょうか。'12/02/29の時点での刊行時期は未定とあるんですが。
 また他の執筆中の作品があればご紹介下さい。
松崎> 『イデアル』がすすんでないのはわたしのせいではありません。だってもう全文できあがってるんだもの。注文は飯田橋勤務のいけず編集者につけてくださいませ。ぷんぷん。
 ほかにはですね。もう告知していいのは、公式サイトにも書いていますが角川書店の電子雑誌『小説屋sari-sari』に連載ちゅうの『蛇足軒奇譚』シリーズが2014年前半に単行本化されます。いま、さいごの書き下ろしぶぶんを絶賛執筆中です。近未来の北の街を舞台にした不可能求職クリアものSFです。就活に悩む若者たちに贈る、ほっこり笑える軽いしあがりになっていると思います。ご期待ください。
雀部> 『蛇足軒奇譚』って、半村良先生の〈嘘部〉一族みたいな話になるのかと思いきや、不可能求職クリアものSFだったとは(笑)ミクラ君といいシーノ嬢といい、変わった職業に従事してますよね。あ、そうではなくて、変わった人を引きつける職種に従事してるのかな(ちと表現がおかしいような^^;)
松崎> へんな職業を考えだすのはすきです。というより、へんな職業を考えだすところからはじまるストーリーがすきなのかも。
 『蛇足軒』は嘘部シリーズとはまったくちがって、嘘道というのは味つけにすぎません。そもそも嘘道家元は世を忍ぶ仮の姿で、本業は職安こと職業安全保障部局の特命相談員。あくまで主眼は、ライトSF属性の求職者がぞくぞく登場するライトSFハローワーク、ってところです。
雀部> 「小説屋sari-sari」('12/12月号)所載の『蛇足軒奇譚』初回では、コーヒー淹れるシーンが美味しそうでした。ひよっとしてコーヒーは相当お好きだとか?
 そう言えば、私が歯学部に通っていた頃、道を挟んだ向かい側に〈カンカン〉というおいしい水淹れダッチコーヒーを飲ます茶店がありました。
松崎> おお、知らない。たぶん、すでに廃業しているのではないかと。検索かけても出てきませんし。
 コーヒーにつきましては、じつは『あがり』(東京創元社)では子供が主人公の「へむ」をのぞく全話で言及しています。コーヒー短編集だ、とこっそり思っていたのですがこの点を指摘してくるひとはこれまでまったくおりませんでした。
 コーヒーはね、ないと仕事できません。いや仕事の局面だけでなく、なかったら人生が砂みたいになっちゃうと思います。酒はひょっとしたらやめられるかもしれませんが、コーヒーはけっしてやめられないでしょう。
 なお煙草はいちども吸ったことがないので、蛇足軒の喫煙描写はとても苦労しました。
雀部> つぶれたか。マスターお元気なのかな、ずっと仙台在住の同級生に聞いてみなくては。
 松崎さん、コーヒー中毒であられたとは。まあ私も一日に一回は必ず飲みますが(笑)
 そういえば、松崎さんの公式ホームページ「こーひー」ありますね。あの中の「せんだい自家焙煎珈琲屋めぐり」に出てくる茶店では、「とーもん」だけは知ってます。徹マン明けの珈琲といえばここが定番でした。
 それと“「ずんだ文学」コラボ企画・掌編競作 お題『珈琲』”の舞台はあきらかになごや〜(笑)
松崎> いえ、あれは架空の街を舞台としたかんぜんなるフィクションですよ。
 それと。育てていた珈琲の木は、名古屋でマンションの四階に住まっていたころにはすくすく成長していたのですが、東京に越したあとは、借りた住居ががむやみと通気性のよいリノベーション古民家だったせいか冬を越せずに枯らしてしまいました。ペットを死なせたみたいで悲しかったなあ。
雀部> そんなとぼけても(笑)>名古屋
 もう一つお聞きしたいのですが、蛸足大学理学部出身者のミクラ君もシーノ嬢も、なにげに就職には苦労してますよね。松崎さんも、何か就職に関してトラウマがあったりするのでしょうか(笑)
松崎> トラウマというほどではありませんが、苦労しました。医学系研究所の実験担当としてすべりこめたのは奇跡にちかかった。
 でもね。わたしたちのころもたいへんでしたけど、きょうびの若者たちのほうがもっと苦労してると思うんです。就活イベントにむかう黒服の集団が東京ビッグサイト前のエスカレータに長い列をつくってるのをみると、ほんと痛々しくて泣けてきます。お金もあって悠々自適な高齢者にたいし、若者たちは収入も経験も確固とした立ち位置もなく、困って、迷って、苦しんでいる。そんなかれらに対し、「いやだーこんな変なこと考えてるひといるよ。この世界、もうちょっと生きてやってもいいかあ」と思えるような作品を提供しつづけるのが、エンターティナーの役目ではないかと。
雀部> いやぁ、お金のない高齢者も多いですよ。まあ私も含めて先が長くないんで、今後必要となる金額は少ないのは若者より有利かも(笑)
 『あがり』は、そういう大卒高齢者が昔を懐かしむ小説でもある気がしてます。
松崎> なつかしんでいただければ幸いです。わたし自身、十年いじょう前の仙台在住時代をなつかしんで書いておりますので。
雀部> hontoの電子版には収録されてなかったんで気が付かなかったんですが、『あがり』文庫版のボーナストラックの「幸福の神を追う」は「おらほさきてけさいん」(改題)だったんですね。文庫化にあたっての改稿はされたんでしょうか。
松崎> それがですねえ。
 集英社『小説すばる』に執筆した時点(=2012年夏)では、かんぺきなしあがりだと思ったんですよ。もう一字も直すところはない、とそれはそれは自信まんまんで。
 ところが創元での文庫収録にあたって読みかえしたら、あらだらけ。小浜さんは言わずと知れた改稿魔ですが、彼からの指示をさっぴいても直すべき箇所はたくさんありました。
 『代書屋』単行本化のさいも、二年ちかくにわたって書きついだものを改稿したのでやはり同じように感じました。半年いじょうまえのじぶんの作品は片端から書き直したいほどへたくそにみえるのです。それほど成長いちじるしい。いや、正確にいうとスタート時点での実力が低すぎたので伸びしろが大きいんでしょうね。あちころでなんども言ってますが、わたし下積み期間がきょくたんに短かったので。よくもまあ、こんなど素人を小浜さんはしんぼうづよく鍛えたものだ、と、こっそり感謝しています。
雀部> おっ、「幸福の神を追う」だけでなく、『代書屋ミクラ』もだいぶ改稿されているんですね。これはぜひ買わねばの心(笑)
 当然『あがり』は、単行本・hontoの電子版・文庫版と三種類買いましたとも。
松崎> おお。読者の鑑だ。ありがとうございます。
 そうやって買ってくださる一冊一冊が、新人作家の寿命をのばすのです。
雀部> そういえば、帯に「『本当に新しくて素敵な“理系文学”はここから始まったんだよ』と、いつか言われる日が来ると思う。そう信じているくらい、ぼくは松崎有理の小説が大好きだ。」という煽りを書かれている瀬名先生は、東北大学機械系特任教授だったときに、東北大学で女性研究者の環境づくりを推進している「サイエンスエンジェル制度」に関わっていたみたいですね。
松崎> 瀬名さんに帯を書いていただいたのは、セールス上絶大な効果があったと推測します。重版が決定したのはこのおかげではないかと。この場を借りてお礼もうしあげます。ほんと、あちこちで掩護射撃してくださって。
 理系女子としてはですね、わたしたちのころはそんな言葉はありませんでした。女子が少ない、ってこともとくに問題にされてなかったし当人たちも意識してなかった。そんなものだ、と思っていました。
 でも、問題だ、と思って動いてくださった方々のおかげで、さいきんは理系の女の子って増えましたよ。東北大だけじゃなく、ほかの大学でもそうです。都内に越してきてからは文献複写のためにときどき東工大大岡山キャンパスに出かけるのですが、あそこでさえけっこうな割合で女子学生が歩いておりますよ。
雀部> それは頼もしいですね。うちの孫もどうにかして理系女子にしようと画策中(笑)
 お忙しいところ著者インタビューに応じて頂きありがとうございました。
松崎>  ではこちらがご参考になるかと。『理系女子SF作家のつくりかた』
雀部>  ありがとうございます。身内からSF作家が出るとか最高です(笑)


[松崎有理]
1972年茨城県生まれ。東北大学理学部卒。2008年、長編『イデアル』が第20回日本ファンタジーノベル大賞最終候補に。2010年、短編「あがり」で第1回創元SF短編賞を受賞しデビュー。近著はインタビュー冒頭のとおりです。
公式サイト http://yurimatsuzaki.com
近況「もうじき結成40周年をむかえる超長寿バンドのファンをこっそりつづけております。なにかいいことがあるとiTune Storeで一曲ずつ買って、むかしLP盤であつめたアルバムたちをじわじわと埋めもどすのがひそかなたのしみです。先日も原因不明の感染症からの回復祝いに『明日なき暴走の果てに』をぽちっと購入。どこにあるんだろ、わたしのゴール」
[雀部]
東北大歯学部卒。今月の著者インタビューは、酉島伝法さん著者インタビューに乱入された流れで松崎有理さんになっちゃいました(笑) 年末にかけて3冊の著書が上梓されたので、丁度良いタイミングではありました。

トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ