時は1236年、ある日突然隠岐島に転送された藤原定家。その地で審判を命じられた歌合(うたあわせ)、その思いもよらぬ相手とは……
灰人vs.後鳥羽上皇、驚きの歌合対決の結果や如何!
SFにはバカSF(笑)というサブジャンルがありまして、馬鹿馬鹿しいアイデアを真摯に追求した話が珍重されています。有名どころでは ベイリー氏の諸作(特に『時間衝突』とか)や最近では『三体』などもその傾向が。かつて《SFバカ本》という書き下ろしアンソロジーもあ りました。シリーズ化してたから、それなりに需要があったものと思われます。
この「秘伝隠岐七番歌合」は、歴史的有名歌人が和歌を学んだ宇宙人と歌合で対決したらという、今までにない発想のバカSFの傑作と言え ると思います。
つい先日、熊野古道ツアーに参加したのですが、語り部さんが上手で、藤原定家の「へたれ同行紀(笑)」である『熊野道之間愚記(後鳥羽院熊野御幸記)』についても教えて貰いました。どうも世間一般に公開するつもりはなかったらしい日記のようで、後世にとやかく言われるとは思ってなかったんでしょうね。 ←有名税(笑)
田場狩先生のその他の著作リストはこちらから
今月は、第5回ゲンロンSF新人賞を「秘伝隠岐七番歌合」で受賞された田場狩先生に著者インタビューをお願いできることになりました。
田場狩先生、受賞おめでとうございます。よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
講評と授賞式の様子をネット配信で拝見しました。候補者が一堂に会して発表を待つというのは、ほかの賞の授賞式では見たことがないスタイルだと思いますが、発表を待つ方々の心境はどんなものなのでしょうか。
不安や緊張もありますが、自作について名だたる先生方が感想をくださってる!という興奮のほうが大きかったです。目の前ですごいことが起きている、という感動にマイナスの感情は押しやられて、ずっとテンション上がりっぱなしと言いますか……。
脳内麻薬がたくさん出ていたのではないかと思います。他の方も同じだったかは分かりませんが……。
関係者でなくても結構ドキドキハラハラしました(笑)
変なことをおうかがいしますが、「田場狩」という筆名はひょっとして「謀(たばか)る」からきているのでしょうか。昔、時代劇で「おのれ、謀りおったなぁ」とか言うシーンをよく観た気がします。
はい、その通りです。ゲンロンSF創作講座を受講するにあたってペンネームが急遽必要になりまして、慌てて考えたものになります。最初はカタカナで「タバカリ」だったのですが、講座の授業でペンネームはちゃんと考えるよう指導があって、後から漢字をあてました。今となってはたしかにもう少し考えておけばよかったと思いますね。このペンネームだとキラキラな青春小説とかには合いませんから……。
ということは、キラキラした青春SFを書かれる予定もおありなのでしょうか。
個人的には「田場狩(謀り)」は、SFには相応しい名前だとは思います。読者はみんな、上手くだまされたいと思ってますので(笑)
よく考えてみますと、だいぶ自分のハードルを上げるペンネームですよね……。そんな名前なんだから上手くだましてくれて当然、みたいに思われそうな……。
キラキラ青春小説、よいアイデアがあれば書いてみたいです!
青春小説、お待ちしております。
最初に拝見した短編が、第二回課題“「小説つばる「新人SF作家特集号」の依頼」”時の提出作品である「統一宇宙マナー講師 シイ・スミカの受難」なのですが、宇宙人にマナーを教えるというぶっ飛んだ設定に驚喜しました(笑) 個々のマナーが面白いし、ラストは更に壮大なバカSFになるしで。
楽しんでいただけてよかったです!
ゲンロンSF創作講座では先に梗概を提出して講師の方に講評していただけるのですが、この作品はとにかくマナーネタをたくさん入れなさいとアドバイスいただき、必死で頭を絞った記憶があります。
おおいに笑わせていただきました(笑)
古い例えで申し訳ないのですが、組み合わせの妙はフレドリック・ブラウン氏。バカSFっぷりは、バリトン・J・ベイリー氏や田中啓文氏あたりを彷彿させましたが、ジャンルを問わずお好きな作家・作品は何でしょうか?
ありがとうございます。『イリヤの空、UFOの夏』で有名な秋山瑞人の作品はどれも好きです。SFならあとは劉慈欣やイーガン、ミステリなら麻耶雄嵩、文学だとソローキン『青い脂』やヘラー『キャッチ22』、ゴンブローヴィチ『フェルディデュルケ』のような破壊的な作品、パヴィチ『風の裏側』『ハザール辞典』のような幻想小説でしょうか。全体的に、どこかぶっ飛んだところのある作品が好きで、やはりそういう好みがかくものにも現れているのかもしれません。
コアSFからファンタジー、前衛的なものまでと様々なんですね。
ぶっ飛んだ作品がお好きというのは、【実作】にも現れてますね。「江戸幕府 VS 米人間」も「大江戸二進法」も楽しませていただきました。
ふと思ったのですが、この二作と受賞作はどちらも時代ものですよね。ひょっとして時代ものSFを書くのがお得意とか?
書くのが得意だから選んだというより、講座のシステムが主な理由ですね。梗概選出される必要があるので、あらすじで面白がってもらわないといけない、でも理数系の知識はないので、それでアイディアをとなると難しい。歴史SFなら読み手が知っている歴史を既成の文脈からずらすので、インパクトを与えやすいと思いました。実際2作品のネタを思いついた際は私自身も面白いと感じられましたし。
理数系の知識がないと「大江戸二進法」は書けないと思います。「クローム襲撃」ならぬスチームパンク版「大江戸襲撃」ですよね(笑)
本書の略歴に“SEとして都内企業に勤務”とあったので、そうか歴史に詳しいSEさんかと、ちょっと納得したところではあります。
詳しいわけではないんです、思いついた話を成立させるために頑張って調べているというのが実情です(苦笑)
調べたら書けるということは、時代物以外の分野と融合したSF作品を執筆されることも可能ですね。
実は「江戸幕府 VS 米人間」を読んで、これは藩内事情に詳しいし、作者は秋田県の人か、少なくとも陸奥の方に違いないと思ったのですが、これも調べて書かれたのでしょうか。うまく騙されたのかな(笑)
そう言っていただけて嬉しいです!まさに作品のためにいろいろ調べたので……。
特に専門知識がありませんので、これからも調べながら書いていくんだと思うと気が遠くなりそうで(笑) なるべく調べものが少なくて済むネタをいつも探しております。
調べたら書けるということは、色々な需要に応えることが出来るということで、宣伝次第で、これからはそういう引き合いも来るのではないでしょうか!!
出版された「秘伝隠岐七番歌合」と応募作の【秘伝隠岐七番歌合】を読み比べてみると過去一で改稿・追加箇所が多いので驚きました。大森先生の後書きを読んでも、相当苦労して時間をかけて推敲されたものと推察されますが、一番苦労されたのはどこだったのでしょうか。
一番は和歌制作ですね。菅浩江先生から和歌のクオリティについてご指摘をいただいたので、ここはマストで頑張らないといけないと思い……。作った和歌については識者の方に添削していただいたこともあり、当時の文法や物の見方で違和感のない形にできたと思っております。
また東浩紀先生からは物語が終わっていない気がするとご指摘をいただいたので、ラストも大幅に変えることにしました。その影響で要素を増やさざるをえず、改稿箇所が増え、編集部の方にはご迷惑をおかけしました……。
SF系の短歌というと笹公人先生にインタビューさせて頂いた際に、そっち方面に詳しい助っ人を頼んだ私が言うのもおこがましいのですが、確かにクオリティが上がってると思いました(汗;)
この詠じられた和歌と定家の解釈がワンセットになってるのですが、量子論から相対性理論・宇宙論まで交えての解釈にもほとほと感心しました。これはどちらを先に考えられたのでしょうか。それともワンセットで同時なのでしょうか。
ちょうどいい機会ですので、宇宙和歌の詠み方について話しますね。
まず勅撰和歌集や和歌の解説書で和歌の情趣がどういうものかおおよそ分かったら、和歌に使えそうな宇宙の現象を探します。
たとえば赤方偏移であれば、「遠ざかる」「赤」という要素が目につきます。
和歌というのは同じ発想が繰り返し使われるので、1、2冊勅撰和歌集を読んでおけば「赤」が「紅涙」、血の涙として使えるとピンときます。
さらに「遠ざかる」要素があるので、これはどうも別れの歌に使えそうだと判断できます。
次はサイト「和歌データベース」や「新編国歌大観」といった和歌の語句検索が可能なデータベースで、「とほさかる」「なみた」といった今回使いたい単語を用いた過去の和歌を参照し、参考にできそうなものを探します。
あとはお手本を見ながら試行錯誤、といった感じで作っていきます。
なので、ご質問の回答としては宇宙的解釈のほうを先に考えていることになります。
ありがとうございます、よくわかりました。まあわかっていても、なかなかあのようには書けないとは思いますが。
宇宙人と短歌の組み合わせは、著者インタビューの際の関連書として読んだ今井哲也先生の「スペースおくのほそ道」(2022年)もあるのですが、読んだ時シンクロニシティやないか!と思ったのは内緒です(笑) まあ他の要素は全然ちがうのですが。
『5G』に収録されている座談会で、“「灰人」はもともと抜けていて”とおっしゃられていて「なるほど、確かに」と納得しました。抜けているからこその悲劇とラストの盛り上がりがあるし。出席者の皆さんからも“「灰人」と書いてグレイは受けます(笑)”とか。
“灰人”は、ウケようとはまったく思ってなかったんです。グレイを鎌倉時代に何と呼んだらいいか考えると“灰人”以外なかろうと思っただけでして……。
笑いの要素を絶対に入れたいということはないのですが、いい小説はやっぱりユーモアがありますよね。そういったものに近づいていければ……。
ただ、これは作家としての弱点かもしれませんが、狙ったのとはちがう箇所が妙にウケがいい、というのがよくあるんです。これは改善したい(笑)
あとは笑いをメリハリとして上手く使えるようになれたらいいなとは思います。
とても楽しく大笑いする展開の直後にどシリアスな場面を持ってくる、みたいなやり方は憧れますね。
狙わずにウケを取れるというのは、それは得がたい才能だと思いますが(笑)
泣ける話より笑える話を書く方が難しいと思うので、笑える時代SF作品集をお待ちしております。あ、座談会でも新川先生から“読者の言う通りに書くと面白くなくなってしまうから”とありましたし、裏切られるのも大歓迎です(笑)
「緑のメモリア」(『5G』収録)は、一転して“人間とは?”を扱ったリーガルSFで、驚きました。どちらかというとウェットな(情緒的な)感じに仕上げてありましたが、動物の人権問題を扱った新川先生の「動物裁判」(『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』収録)がドライな感じがするのとは対照的で面白かったです。
ゲンロンSF創作講座では、選んでもらうためにとにかく面白い話を、と心がけていたので、自分の持っている悩みみたいな、ともすればお話を小さくしてしまいそうな要素は捨てていたんです。もちろん、個人的な悩みもきちんと向き合って分け入れば何か普遍的なものとつながっているはずなんですが、それをエンタメとして昇華できるとは思えず……。同人誌という、評価を気にしなくてもよい場でそれにチャレンジしてみた小説です。ウェットに感じられるのはそのためですね。
「緑のメモリア」では人格のバックアップを扱っている短編で、作中の“刻印(シール)”と呼ばれる安全装置が重要な役割を担っています(バックアップされた人格に、本人ではないという強烈な自覚と、消去されることに不安を持たないよう制御された自意識を持たせる)。
これは裏を返せば、シールを付けないバックアップ人格は、自分は人間であるという自覚と死への不安を抱くという性格付けになっていて、上手いなあと感じました。
復元されたデータを人間として認めるか、というときに争点となるものが欲しくて作った設定です。予期せず生まれて落ちてしまったデータ人格の苦悩を伝えるのに効果を発揮してくれた気がします。今回読み返してみて、こういった雰囲気の作品もまた書いてみたいなと思いました。
私も読みたいです。
特に時代物でリーガルSF希望です。
竹田人造先生の『AI法廷のハッカー弁護士』は、また毛色が違いますし、リーガルSFも少し賑やかになってきましたね。名のみ高い『人獣裁判』とか法律の拡大解釈(曲解?)を使った古典的名作「月を売った男」とかもリーガルSFと言えるかも知れないし、もっと色々読みたいです。
挙げていただいた作品は未読でしたので読んでみます! 裁判というのはドラマがとても作りやすいですよね。レパートリーにしていきたいところです。
今回はお忙しいところ、著者インタビューに応じて頂きありがとうございました。
最後に、今後の執筆活動のご予定をうかがわせて下さい。
実は公募に作品を出したことがなくて。頑張って書いた作品が落とされたらと思うと恐怖しかないじゃないですか。でも知り合った書き手の方々を見ていると、商業を意識することでどんどんレベルアップしていて。結果はどうなっても、とにかく来年一度は公募に作品を送ろうと思っております!
それと秋の文フリで出る同人誌2冊に作品を寄稿いたしました。1本は明治時代にあった兎バブルと進化論を組み合わせたSF、もう1本は百合×異能バトルものです。情報公開されたら宣伝ツイートしますので、頭の片隅に置いておいていただけたら嬉しいです!
今度は明治時代が舞台のものと百合×異能バトルとは驚きです。実に田場狩先生らしいと言えるかも(笑)
もう一つおうかがいしてもよろしいでしょうか。同時受賞の「水溶性のダンス」(河野咲子著)は、「秘伝隠岐七番歌合」とは全く傾向が異なるものの、素敵な作品でした。田場狩先生の感想はどうだったのでしょうか。
河野さんの「水溶性のダンス」については、一読して「私もこういう小説が書きたかった」と強く思ったのを覚えています。一文一文が魅力的で、素晴らしいですよね。
閉じた世界から脱け出そうとする二人の話ですが、儚いようで結晶みたいな強度のある小説だなあとため息が出ました。
大絶賛ですね!ありがとうございました。
それでは、田場狩先生の新作、楽しみにお待ちします。