Author Interview
インタビュアー:[雀部]
《大日本帝国の銀河》シリーズ
  • 林譲治著

昭和15年、日華事変が深刻さを増すなか、天文学者にして空想科学小説家の秋津俊雄は、和歌山県の潮岬にて電波天文台の建設に取り組んでいた。中学の同級生で海軍中佐の武園義徳の要請を受けた秋津は、火星太郎なる人物と面会する。男は、地球と大接近した昨年7月27日に火星を発ったと言う。いっぽう戦火が迫る欧州各地には、未知の四発爆撃機が出現していた――。

架空戦記+ファーストコンタクトの新シリーズ開幕。

『大日本帝国の銀河 1』
  • 林譲治著/Rey.Hori装画
  • ハヤカワ文庫JA
  • 946円、Kindle版851円(税込)
  • 2021.1.7発行

昭和15年、天文学者の秋津俊雄は、軍部の要請で火星太郎なる人物と面会する。一方、世界各地では未知の四発大型機が出現して――。

『大日本帝国の銀河 2』
  • 林譲治著/Rey.Hori装画
  • ハヤカワ文庫JA
  • 968円、Kindle版871円(税込)
  • 2021.4.14発行

地球外の存在であるというオリオン集団は、未知の四発爆撃機によりドイツ・イギリスの戦艦、戦闘機軍を撃破する。その目的は地球侵略なのか?

対話を試みる天文学者の秋津に対し、オリオン太郎は日本国内での大使館開設を要求する。一方、日本海軍に協力する元禄通商の猪狩周一は、ドイツ国防軍情報部カナリス部長の密命をおびて帰国途上、謎の空中戦艦に拉致される。

『大日本帝国の銀河 3』
  • 林譲治著/Rey.Hori装画
  • ハヤカワ文庫JA
  • 990円、Kindle版891円(税込)
  • 2021.7.14発行

片桐英吉海軍中将を司令長官として臨時編成された第四艦隊が、オリオン集団の拠点をめざして西太平洋を南下していた。そこには首席参謀として乗り組む武園義徳の姿もあった。東京では大使館設立準備班が組織され、猪狩周一と桑原茂一がオリオン太郎との対話を進めていた。

一方、ソ連邦に滞在する秋津俊雄と外務省の熊谷亮一は、オリオン集団が駆使する演算機の真相を探るため、レニングラードのプルコヴォ天文台へと赴く。

『大日本帝国の銀河 4』
  • 林譲治著/Rey.Hori装画
  • ハヤカワ文庫JA
  • 990円、Kindle版891円(税込)
  • 2021.10.19発行

昭和15年10月。ウルシ―環礁からの第四艦隊撤退を受け、米内首相を中心とする陸海軍統合参謀本部の第一回会合にて、オリオン集団の大使館開設が承認される。宇宙空間から銚子沖へと投下された巨大客船ジン・ガプスを大使館としたオリオン集団に対し、猪狩周一と桑原茂一海軍少佐が日本代表として交渉に向かう。

一方、オリオン太郎らが世界各地で不穏な活動を開始する頃、国際情勢を一変させる驚愕の知らせがもたらされる。

『大日本帝国の銀河 5』
  • 林譲治著/Rey.Hori装画
  • ハヤカワ文庫JA
  • 1078円、Kindle版970円(税込)
  • 2022.1.25発行

大使館開設と独裁者の暗殺によって世界大戦を回避したオリオン集団。彼らの軌道エレベーター技術によって、秋津俊雄は宇宙空間の拠点ドグマへと招かれる。そこでは、鮎川悦子や古田暁子をはじめ世界各地から集められた優秀な人材が、オリオン集団の教育を受けていた。異なる文明がもたらした科学技術は、人類社会の未来に大きな変化と軋轢を引き起こしていく。ついに明らかになるオリオン集団の目的とは?  シリーズ完結。

スマホ等で、書影・粗筋が表示されない方は「林譲治先生著者インタビュー関連書籍」その2から

雀部 >

前号に引き続き、林譲治先生の著者インタビューなのですが、Rey.Horiこと堀内さんの装画が素敵なので、色々伺ってみたいと思います。

堀内さんの、SF原体験は何だったのでしょうか。私の場合は、黎明期の特撮番組なのですが(「海底人8823」とか「ナショナルキッド」とか、映画だと「ゴジラ」「ガス人間」「妖星ゴラス」あたり)。

堀内 >

ありがとうございます。宜しくお願いします。

原体験とくれば何といっても『サンダーバード』と『謎の円盤UFO』です。加えて親に教わったのか「SF」という言葉は早くに知って、ラテ欄で「SF」が付く映画を追いかけてました。多くが60年代のB級SF映画だったと思います。

あと同時期にリアルタイムでアポロ計画が進んでいたことも大きいですね。月からの生中継は特別に夜更かししてテレビに貼り付いて観てました。

読むほうの原体験はジュブナイル版(集英社「ジュニア版・世界のSF」シリーズ)のエフレーモフ『アンドロメダ星雲』でした。小2か小3だったと思いますが、子供向けにしてはハードで威力絶大でした。

『妖星ゴラス』は少し後(小学校高学年か中学頃)になってからテレビで観ました。怪獣が出なければもっと良かったのに、と思いました(笑)。

雀部 >

私もあの怪獣は出ないほうが良いと思ったのですが、なんか色々あったみたいですね(笑)

『謎の円盤UFO』は、昨年再放送していたのでまた見てしまいましたが、あんまり古い感じがしないので驚きました。

集英社の「ジュニア版・世界のSFシリーズ」は知らなかったのですが、『少年少女 昭和SF美術館』によると、昭和44,45年に全20巻出てるようですね(『アンドロメダ星雲』は第8巻)。

元々ロシア産といえども本格SFなので、私も小学生の頃に読んだらはまりそう(実際は銀背で読みました)。

幼少時お好きだったマンガやアニメは、どのあたりでしょうか。

堀内 >

幼少というのでもないですが、マンガだと中~高校時代に松本零士先生、星野之宣先生、御厨さと美先生、大学時代に大友克洋先生、士郎正宗先生、大野安之先生らの作品との出会いが大きかったです。

松本零士先生についてはSF以外に、戦場まんがシリーズなどミリタリー方面の影響もありました。これは小~中学頃にミリタリーのプラモデル作りにハマったことも相互作用しています。ただ、SF方面のビジュアルに限れば、マンガでは星野之宣先生の影響が最も強いかもしれません。

一方で世代的に直撃なはずのウルトラシリーズやゴジラ・ガメラ方面、ライダー方面などの国産映像作品にはアニメを除いて殆どハマらずに来てしまいました。『サンダーバード』と『UFO』を先に見てしまったため、と自己分析しています。『シン・ゴジラ』は好きですけどね。

雀部 >

王道だと思いますよ(笑)

お好きなSFは何でしょうか。

堀内 >

かなり偏食という自己評価です(笑)。

好きなSFは挙げるとキリがありませんし、きっと挙げ忘れが出そうですが、分野を問わずやはりハード寄りが好みで、作家だとホーガン、イーガン、クライトン、あとサイバーパンクも好きです。国内作家では林先生(ヨイショっと(笑))に、藤井太洋先生、谷甲州先生、神林長平先生でしょうか。

映画では月並みですが『2001年宇宙の旅』がちょっと別格な位置にあって、比較的近年では『インターステラー』『オデッセイ』『メッセージ』『テネット』『エクス・マキナ』『DUNE』(ヴィルニューヴ版のほう)などが印象に残っています。ブロムカンプも良いですが、なんだかノーランとヴィルニューヴ推しになってますね(笑)。古いですが『アンドロメダ…』も大好きです。

アニメだと、OVA『戦闘妖精雪風』、一連の攻殻シリーズ(押井監督の映画版2本、S.A.C.1と2、Solid State Society、ARISE)に『シュタインズ・ゲート』(ゼロ含む)とか。もう少し古いものだと『天使のたまご』(←SFかな?)やいわゆる劇パトの2本、『serial experiments lain』も印象に残ってます。『エヴァ』もTV版は好物でした。まあ、硬めのものが中心になります(『リコリコ』も楽しみましたし『水星の魔女』も観ていますけどね)。

雀部 >

和洋共に、つぼは押さえてらっしゃるなあ。

『水星の魔女』は、私も見てます。これからどういう展開になるんだろう。

堀内さんは、ウェブサイト「WORKSPHERE」のPROFILE欄を拝見しますと、数多くのSF関連のイラストがあり、イーガン氏の本の装画もたくさん手がけてらっしゃいますね。

あと、これは個人的な興味でおうかがいするのですが、「Shade」というソフトをお使いなのでしょうか。

当サイトのトップページのイラストを174号から描いて貰っている「はるやっち」さんは「モデリングには、123D Design、レンダリングには、Bryce7.0Pro」。100号記念にSFマガジンの表3に出稿した時にイラストを描いてもらった「いのいよしひさ」さんは、「ZBrush」とうかがってます(ちなみに私と同業の歯科医)。

堀内 >

そうですね、グレッグ・イーガン氏もご縁のある作家の一人です。また描かせて戴きたいです。

CGツールについては、名前の上がったアプリの中でBryceは懐かしいですね。私はShade3D(今は名前に「3D」が付きます)をメインに、Bryceの後身とも言えるVue、あとはRhino3D(Rhinoceros)を併用しています。3DCGを使うイラストレータでShade3Dを今もメインにしているというのは恐らく珍しい部類だと思います(一時期ブームを巻き起こしたアプリではありますが)。Blenderとか覚えないといけないのですが、手に馴染んだ道具はなかなか手放し難いですね。

雀部 >

はるやっちさんも「Bryceとは付き合いが長く、もう26年になりました。感覚的に使えるのと、レンダリングの仕上がりがリアルになり過ぎない、イラスト風に仕上がるので気にいってます。」とのことでした。

《工作艦明石の孤独》は、はるか未来の話で、イラストは想像力を駆使して描かれてらっしゃると思いますが、《大日本帝国の銀河》シリーズの装画ではどうだったのでしょうか。前号でも話が出た「『星系出雲の兵站』シリーズ完結記念トーク」では、『大日本帝国の銀河 1』の装画について、「“警察”が怖い(笑) 内容を読んで、暖かい目で見守って下さい。」という意味のお話をされていましたけど。

堀内 >

兵器警察は相変わらず怖いですが、幸いこれまでお叱りは頂戴していないので、皆さんアキラメて許して戴けているのでしょう(笑)。

雀部 >

『大日本帝国の銀河 1』ということで、題名からもSFということが分かるのでノーチェックなのではないでしょうか(笑)

堀内 >

だといいんですけどね(笑)。ウルサい事を言えば、旧日本軍には「銀河」という攻撃機がありましたので、『大日本帝国の銀河』というタイトルだけではSFだとは言い切れないのですよ(笑)。

雀部 >

あ、そうだ。「銀河」忘れてました(恥;)

その昔、サンデーとかマガジンなどの少年誌には、必ずといってよいほど飛行機が出てくるマンガが掲載されていて、わたしも零戦なんかは何も見なくても概形を描けました←昔の話です(笑)

《大日本帝国の銀河》の装画ではどういったご苦労をされたのでしょうか。

堀内 >

『銀河 1』は原稿を拝読して、お引き受け出来るかどうか悩みました。1巻にはSFな外観のメカがほぼ何も出ないですからね。

1巻から4巻までの各巻はカバーに描く実在の兵器の資料集めに締切の許す範囲で時間を掛けました。幾つかは市販の3Dモデル(主にゲーム開発用だと思うのですが、軍用機や車両の3Dモデルが商用利用&改造可で売られている場合があるのです。出来や値段はピンキリですが)を改造して時短しました。この手が使えずイチからモデリングした3巻の旧日本海軍駆逐艦「卯月」には非常に手間取りました。ミリタリー系プラモデルの箱絵の精密画をお描きになっている方々の努力と技術に改めての敬意と戦慄をおぼえました。

1巻で各国に出現する四発重爆のうちで日の丸の付いた機体だけは作中にどの機種かの指定がありません。作中の時点でオリオンが利用しそうな日本の機体といえば双発の「一式陸攻」か「銀河」辺りで、これを四発化するしかないかと思いつつも更に調べて、当方の好みで四発機「連山」を林先生に提案してお許しを戴きました。これなら最初から四発なので無理な改造はしなくて済みますから(笑)。あとドイツ機の翼のハーケンクロイツは林先生のご指示です。

雀部 >

やはりかなりの資料に当たられているのですね。3巻の駆逐艦が「卯月」ということは手前のは「ピルス」ですね。4巻のは水上偵察機と「ピルス」、5巻はズン・パトス、2巻のは「パイラ」と偵察機なのでしょうか。

堀内 >

出版順に行きますと、2巻で奥にいるのは円盤型往還機パイラで、手前にいるのは桑原を乗せたドイツの輸送機Ju52です。パイラにキャプチャされる直前の場面です。Ju52は、林先生のご指定による実在の4071号機で、装備やマーキングなどは可能な範囲で合わせてあります。

林  >

Ju52の製造番号のやり取りをすることになるとは思っていませんでした。完成度の高いイラストというのは、線一本引くにも背景がある。それが自然だから違和感がない。しかし、それを実際に描ける人は少ないですね。スタジオぬえとその周辺の大御所イラストレーターの方々が今も現役というのは、レベルの高さはもちろんですが、こうしたイラストが誰でも描けるものではないことの証明だと思います。

堀内 >

いえその、そこは林先生のご本ということもあって警察が怖いだけでして(笑)。スタジオぬえの「神々」に少しでも近付ければ良いのですが。

Ju52の製造番号に関して、林先生に叱られるかもしれない裏話をひとつ。資料で素性やマーキングが比較的明らかだったのがJu52の6057号機(D-AFFQ)と4075号機(D-ASIS)だったので、先生にこの2機のどちらかでいかがですかと質問しましたら、「4071という設定です。3巻にそう書いたので」とおっしゃられまして。

調べてみると4071号機(D-ANYF)も写真が残っていたりしたのでそれに沿って描いたわけですが、結局構図上マーキングがあまり見えなくなった上に、3巻の原稿時点ではあった「Ju52 4071」という記述が本になる頃にはなくなっているという顛末(笑)。

雀部 >

色々とあったんですね(笑)

Ju52って、ユンカース社製だったんだ。急降下爆撃機が有名じゃなかったかなあ。昔の記憶をたぐり寄せてみると、メッサーシュミットとかフォッケウルフとか名前くらいは知ってます。

堀内 >

Ju87が急降下爆撃機として有名ですね。Ju52も戦後まで使われたりした有名な機体です。アリステア・マクリーン原作の映画「荒鷲の要塞」の冒頭にも実機が登場します。

続いて3巻は駆逐艦「卯月」と四角い大気圏内汎用機ピルスです。こんな艦直上からの攻撃姿勢は取ってなさそうですが、そこは絵柄ということで(笑)。

4巻の手前は米艦隊の爆装可能な艦載水上偵察機SOCシーガルです。奥にいるのがズン・パトスから発進したピルス編隊なので、シーガル隊はこの数秒後に大変残念な事になります。シーガルの各機はこの時点の塗装規定とこの戦闘に関連した米艦所属機のマーキングを再現しました。

シーガルの設定

雀部 >

お~っと、ここでも史実に基づいた所属艦別のカラーリングがされてたんですね(驚)

彼我の戦闘能力差は如何ともしがたいので、シーガル隊は可哀想でした。

堀内 >

5巻のカバー画は、5章に登場するアル・パトスです。実はその前身のパトスを3巻カバーの別案としてモデリングしていたのですが、5巻でアル・パトスに改造されてしまったので(笑)お蔵入りになりました。また、個人的には最終章に登場するマナスを絵にしたかったので、最近になって仕上げてみました。でも、カバー画にするにはちょっと弱いかもしれませんね(笑)。

パトス

マナス(注・林先生未監修です)

雀部 >

5巻では、改造されてアル・パトスになっているのも気が付いてませんでした(恥;)

このパトスは、初めて見ましたがなるほどこういう形だったのですね。これはこれで、機能的な形態で美しいなあ。

木星を背景としたマナスの集団はもの凄いですね。これでごく一部なんだから。建造途中の個体が大きく描かれているところも構造がよく分かってポイント高いです。

堀内 >

ありがとうございます。マナスの絵には宇宙船がいても良かったかもしれません。不用意に船を近づけたら叱られそうな施設ではありますが(笑)。

雀部 >

何も問題が起きなくても、始末書ものでしょう(笑)

そう言えば、マナスも重要な役割を果たすのでありました。

オリオン側の未来的な飛行物体と人類側の船や飛行機が混在した装画を描かれるのには何かご苦労がありましたでしょうか。

堀内 >

混在すること自体には特に苦労と言えることはありませんでした。SFアートの典型ぽくて楽しいので、1巻が四発重爆だけ、5巻が逆にオリオンメカだけになったのは、物語の展開上仕方ないとは言え、むしろ少しだけ残念だった気もします。

雀部 >

確かに。

また、どの巻の装画にも、背景のモチーフとして三角形・四角形・六角形の幾何学模様が用いられていますがこの狙いは何なのでしょうか。

2巻目あたりから、オリオンが集団知性かも知れないと思いつき、それを表しているのかなとも思いました。まあ蜂の巣からの連想なんですが四角の蜂の巣は無いか(汗;)

堀内 >

ぶっちゃけ、1巻のカバー画を描いた時の苦し紛れでした(笑)。砲座を改変したとは言え四発重爆だけではSF風味が何もないので……。2巻以降で形状を変えたのも気紛れでして、今から思えば全巻六角形でも良かった気がします。ただそうなると2巻で流れ星のように表現した「天の目」をイイ感じの角度に出来なかったかもしれません。

雀部 >

幾何学模様が入ってちょっと洒落た感じになってますね。

「天の目」って極軌道の人工衛星だけどあったっけ?、とよく見ると、右下のほうにちゃんと描いてありました。それにも気が付いてなかった(汗;)

堀内 >

カバー画から脱線しますが、この「天の目」を巡る作中の記述には初読時に驚きました。既知の歴史では先に核兵器、次に偵察衛星が実用化されたわけですが、順番を入れ替えると偵察衛星とそのもたらす情報が(ことによると核兵器を超える)戦争抑止力になり得る、という作中での考察に唸らされました。

雀部 >

それは私も同感です。そこらあたりの考察や地政学上の差異に基づく戦略の違いなども背景として活かされていて、現在の世界情勢を読み解く手助けにもなる本だと思いました。

話が戻るのですが、1巻に出てくる四発機というと林先生の架空戦記『超武装戦闘機隊【下】米太平洋艦隊奇襲!』(コスミック文庫)にも四発重爆が出てきます(双胴戦闘機「毒蛇」も!)

《大日本帝国の銀河》とは全く関係ないので恐縮なのですが、以前から疑問に思っていることがあります。例えば双発重爆三機(?)と四発重爆一機が同じコストで生産運用出来るとしたら、兵站とか作戦的にはどちらが有利なのでしょうか。

林  >

これは簡単には論じられない問題で、戦域、爆弾搭載量や航続距離、乗員数、稼働率など複雑な要素が絡みます。日本海軍の「航空機搭乗員配備標準」によると四発の二式飛行艇で定員九人、一式陸攻で七人なので搭乗員の効率では大型機の方が有利ですが、整備関係は大型機の方が負担が大きい。

しかし、やはり重要なのは戦域で、イギリスなどは四発機でドイツ軍攻撃して自国に帰還するので、ここは兵站面で有利だった。

ところが日本軍はそもそも輸送船舶量が足りず、その上で本国から離れた場所に基地をつくり、そこからの運用なので、四発だろうが双発だろうが、船舶量がすべてを左右した。

ある事例では、ゴムのパッキングが届かないため、外地の戦闘機隊が出撃できなかったという話まである。

結局のところ、爆撃機も一国の戦争システムの一要素に過ぎず、生産力、輸送力のトータルで比較しないと何とも言えない。これは圧倒的な輸送力を持っていたアメリカなら、成都やテニアンからB29を運用できたのと対照的。

これに関して言えば、人材育成に成功するかどうか。アメリカはB17を12677機、B29でさえ終戦までに4000機近く量産した。それを運用整備できるだけの人材も育成することに成功した。日本はこれに失敗した。あらゆる分野で人材が不足した。そしてそれを解決できなかった。

雀部 >

優劣が簡単には論じられないということがよくわかりました。

それにしても、つくづく負けるべくして負けた戦争だったんだ。《大日本帝国の銀河》でも、欧州の雲行きが怪しくなりアメリカからの輸入に頼っている状態なのに、そのアメリカ相手に喧嘩して勝てるわけがない、日米開戦は無理筋との至極まっとうな意見も出てました。

林  >

飛行機よりも技術的に平易な自動車の場合、整備員が決定的に不足し、陸軍自動車学校でも運転手の養成で手一杯で、自動車廠が臨時に養成しなければならなかった。これは本当に臨時的な処置だったが、抜本的な対応ができないまま、終戦まで臨時的な処置で整備員を養成することとなった。

日本軍の自動車技術が低かったので故障が多かったという話が実態を見ないで語られるのですが、これも自動車技術だけの話ではなかった。というのは自動車技術について十分な訓練を受けた自動車中隊では国産車でも稼働率が高かった。

対して粗製濫造の自動車中隊ではフォードやG Mのトラックでも稼働率が低い。エンジンオイルにブレーキオイル入れるレベルの愚行が多発した。

人材育成も兵站なら、日本軍の自動車稼働率の問題は、技術より兵站の問題となります。自動車でこうですから、飛行機なら押して知るべし。

雀部 >

確かに。

自動車というと、前回のインタビュー時に『太平洋戦争のロジスティクス』についておうかがいしましたが、その後に出された『日本軍と軍用車両 戦争マネジメントの失敗』も労作ですね。

色々と教わることの多い本なのですが、自動車が兵站で活躍するのは「ロジスティックのラスト一マイル」であるとか、師団数の急増と根こそぎ動員こそが諸悪の根源であったとか。100両の自動車を一ヶ月運用したら、様々な要因はあるにせよ、三日に1両は廃車になっていたとかも(汗;)

林  >

よく日本は物量で負けたというわけですが、物量を供給できるだけの生産、輸送、分配を可能とするのは非常に高度なマネジメント技術あればこそですので、日本は物量で負けたのではなく、戦争指導があまりにも指導力に欠け、稚拙であったために負けたに尽きると思います。

雀部 >

上層部に指導力のある人材が居なかったということですね。それで思い出したのが、「《星系出雲の兵站》シリーズ完結記念トークイベント」で、林先生が“《航空宇宙軍史》(谷甲州)や《司政官》(眉村卓)と《星系出雲の兵站》は、どれも「人が足りない」話です”とおっしゃられていたのを聞いて、全くその通りだなと思いました。

インサイダーSFというと眉村先生なのですが、《星系出雲の兵站》などはインサイダーSFとしても読めるように思います。眉村先生からの影響をお感じになることはおありでしょうか。

林  >

「司政官」シリーズには非常に大きな影響を受けていますね。それと文明レベルでファーストコンタクトを考えるとなれば、行政機関について考えねばなりません。

小説としては「平凡な個人が文明の運命を左右する」方が受けるとは思いますが、そもそも歴史とはそういうものではありませんし、一人の人間の意思で激変するような社会は危険です。

雀部 >

独裁者の意向だけで隣国に攻め込んでしまう某国とか。

行政機関というと、SF映画においては日本の行政機関は後手後手の印象が(汗;)

『日本軍と軍用車両』の最後に“将兵にさえ十分な食料・医療支援が行われなかった日本軍であれば、機械である自動車のメンテナンスを期待するほうが無理であろう”とあり納得してしまいました。またこの本には無線機の記述もあり、通信距離が10kmを超える車載無線機の重量は100kgを超えていて(1kmまでの無線機は40kg)驚きました。昔見ていたTV番組の「コンバット」等では携帯型の無線機が出てきたように記憶しています。無線機において、日米の格差は相当あったのでしょうか。

林  >

機械としての無線機の差(そもそも真空管からして代用材料で作らざるを得なかった)はあるのですが、運用思想その他、諸々の要素が関わってきます。一言でいうならば、陸海軍ともに術としての通信は重視していたが、通信に従事する人間は組織の傍流として軽視していたので、成果が出なかったとなりましょうか。

雀部 >

ここでも人材(専門職)不足が。「情報を制する者は戦いを制す」と古来から言われているのに、困ったものです。

「《星系出雲の兵站》シリーズ完結記念トークイベント」の最後の方で、次に出版された『大日本帝国の銀河 1』の話題が出た際に、早川書房の塩澤さんが「なかなかここまでやってくれるイラストレーターはいない」とおっしゃっていたのが印象的でした。

林  >

星系出雲の第一巻が出るまでは、そもそも表紙イラストがどうなるのかまったく考えておりませんでした。塩澤さんだから適切な人選をするだろうとは思ってましたが、この予想は当たりました。たぶん最初から塩澤さんの中では堀内さん一択だったと思います。

ここまでの3シリーズを通しての堀内さんとの仕事で言えるのは「楽だった」に尽きます。三巻のイラストにしても「宇宙船から使えるものは全部剥ぎ取って、太陽発電衛星にして、船首のフェイズドアレイレーダーをマイクロ波送信システムに転用するので切断してトラスで曲げて繋いでください」で、全部完璧に通じるわけですから、まぁ、これほど楽なことはありません。

このレベルの仕事をしていただけるイラストレーターというと自分の経験では数えるほどです。

イラストレーターの中には取材も勉強もしない人もいて、「機械はわかりません」というので、僕の方で資料一式用意して、それを送っても、なお意味も原理もわかってくれない人の方が多い。

それを考えたなら、これほどの仕事をしていただき、感謝しかございません。

堀内 >

本当に恐縮です。「恐縮」の千倍の恐縮度合いを表す言葉があるならそちらを使いたいくらいです。

塩澤さんに私をお選び戴いた理由や他に候補の方がいたかどうかなんて、怖くて聞けません(笑)。

林先生には「楽」とおっしゃって戴けていますが、当方、守備範囲は狭いし、誤読もしますし、例えばその『工作艦明石の孤独 3』のカバー画にしても、実際にはメール数往復分のお手間を先生にお掛けしていて、そこは申し訳なく思っています。

雀部 >

「『星系出雲の兵站』シリーズ完結記念トーク」を視聴して、一番衝撃的だったイラストは『星系出雲の兵站―遠征―1』の装画用に用意された「作業体乙と巡洋艦ツシマおよび僚艦」別案ラフです。林先生からの“デカいロボットが出てくる。スペックは、体長57mで体重550t”という情報から、あのスカスカの骨組みだけのガイナスの形状を拡大した巨大人型ロボットのイラストが描けるのは凄いとしか。

作業体乙の登場シーンを最初に読んだ時は、全く想像力が欠如していたので慌てて読み返してみたのですが、なるほどこういう佇まいで刀を持っていたのかと(感動)

堀内 >

トークイベントでも触れたのですが、ロボットの身長・体重を林先生からお聞きして(某アニメ方面には進まずに(笑))平均密度を計算したところどうも(某アニメとは違って)スカスカになりそうだったので、その旨質問を返したところ「クレーンのようなスカスカで正しい」というお答えを頂戴してあのような姿になりました。殴り合い用のロボットではないので、これで十分なわけです。作中でも「建設機械の趣」と表現されています。作業体が持っている刀は『兵站 1』の準惑星天涯戦でガイナスが持っている刀について「山刀に似た」という描写がありますのでこれに合わせました。

作業体乙

ご存じの通り『遠征 1』には作業体乙の他に「機動要塞」という描き甲斐満点の画題がありましたので、カバー画がそちらになって良かったと思っています。

雀部 >

堀内さん、貴重なイラストありがとうございます。《星系出雲の兵站》シリーズの読者の皆さま、これが「作業体乙」です! 本当は口絵で欲しかったなあ……。

某アニメにも触れられてましたが、私は全く気が付きませんでした(汗;)

『星系出雲の兵站―遠征―1』では、この「作業体乙」をガイナスに操らせることによって相互の理解の要とするということで、《工作艦明石の孤独》で椎名とイビスが相互理解を深めるリソースとして人体を使うことと似てますね。

一方《大日本帝国の銀河》シリーズでの、オリオン集団とは人間の言葉でコミュニケーションが取れるものの、言語の元となっているお互いの背景(特にオリオン側)が分からないので、段々とオリオン集団の異様さが判明してくることとは好対照になっていて面白かったです。

これは、一巻の後書きにあった“天文学者等の専門家が少ない状況下(日米開戦直前)では、宇宙に関する重要事件の情報共有は、同じ人間同士でも容易ではない。それでも主人公たちは、その容易ではないことを進めてゆくしかない。”と書いてあったことと呼応しているとも感じました。

林  >

最終的にこれは知性体が外界をどのように認知しているのか? とそれをどのように検証することが可能か? ということに尽きると思います。

雀部 >

それこそ林先生がずっと追求されてらっしゃるテーマでもありますね。

ところで《大日本帝国の銀河》では、異星人が地球に現れて各国が慌てふためくのですが、現代だったらどうなるんでしょうねえ。そういう面から読んでも面白いんじゃないかと思いました。

米下院情報委員会が未確認飛行物体(UFO)に関する公聴会を開いたり、公式に映像を公開したりしてます。まあ、NHKで放映された「国際報道2021 謎の飛行物体“UFO” アメリカで高まる真相解明の動き」などを見てももうひとつピンときませんでした(汗;)

林  >

異星人とは何かを理解できる専門家は増えていると思います。その点では条件は良くなった。

ただコロナ騒動を見ても分かるように、政治の意思決定において、科学者の知見を合理的に取り込めるのか?という問題は変わりませんし、倫理的問題はより深刻化しているように思います。科学に期待するのが古代政治の神託と大同小異なら、どのような時代でも同じような混乱が起こるかもしれません。

雀部 >

知の指導原理が、呪術(神話)→宗教(哲学)→科学と変わっただけで、人間の本質は大して進歩してないから当然混乱は起こるでしょうね。それに慣らすために、最近UFO関連の番組が増えてきたのかもと勘ぐってますが(笑) 林先生のファーストコンタクトものの作品が国の要望でドラマ化されたりしたら、裏で何か現在進行中とかもありそうです。

作中で、ロシアは大陸国なので海洋国である日本とは領土問題や戦略に対する考え方が異なるとか現在のロシア・ウクライナ情勢を考える上でも参考になる知見も書かれていてためになるし、ドラマ化したら面白いんじゃないかな。

某所で堀内さんが脳内キャスティングされてたのですが、私の配役だとオリオン太郎が松山ケンイチさん、花子が小雪さん。鮎川悦子は戸田恵梨香さん、古田暁子は鈴木砂羽さん。監督は樋口さんで、考証・メカデザインは、林先生と堀内さんのコンビでお願いしたいです(笑)

堀内 >

《大日本帝国の銀河》は特に日本人の登場人物が多いこともあって、キャスティングを考えるのは楽しいですよね。こちらの読者の皆さんのために再録しますと、当方案ではオリオン太郎に高橋一生さん、オリオン花子はシシド・カフカさん、鮎川悦子が吉高由里子さん、古田暁子が吉田羊さんです。オリオン太郎以外の男性陣が私にはなかなか絞りきれないでいますけども、秋津俊雄は井浦新さんでどうでしょう。あと、古田岳史が名前に引っ張られて古田新太さんで脳内実体化するのですが、もう少し若いほうがいいかもです(笑)。

作品の仕掛けが大きいので《星系出雲の兵站》にしても《大日本帝国の銀河》にしても、もしも映像化するとなると、実写でもアニメでもビッグバジェットな作品になるでしょうね。というか大予算で緻密な描写の作品にしないと内容につり合わないでしょう。それに映像用のメカとなると今の数十倍は作り込まないといけませんね(笑)。……林先生と早川書房さんとで極秘裏にナニかが進行中なのかどうかは存じませんが、今のところ当方の知る限りでは「もし映像化されたら…」は楽しい妄想です(笑)。

林  >

別の作品がラジオドラマ化されたことはあるのですが、映像化は難しいんじゃないかな。明石の3巻まで、17冊の本が出ている中で、少女は大工の娘が一回しか登場せず、女性キャラは多いけど、露出の多い服装の人は皆無だし……。

ある人と翻訳して海外は可能かという話になったのですが、昨今の状況だとシリーズものは難しいようですね。

雀部 >

ドラマは『小惑星2162DSの謎』ですね。

アニメは、やはり美少女が必須なのかな。例外もあるけど僅少だろうし。

堀内さんに色っぽい美少女アンドロイドを描いて頂くのではだめでしょうか(笑)

堀内 >

美少女キャラはいなくても、カッコイイ女性キャラには事欠かないですから、絵になると思うんですけどねー。さておき《Galaxy of Japan Empire》や《Logistics of the Star System Izumo》が出るとしたら、彼の国でどんな表紙画が付くのか妄想が広がります。

美少女アンドロイドが《銀河》や《出雲》のどこにハマるかが微妙ですが(笑)、いずれにせよ私には残念ながら描けません(泣)。女性キャラを自在に描けたら《出雲》の女性陣をずらっと並べて「ウラカバー」(カバー裏、ではありません)が作れるんでしょうけど。悔しいです。

雀部 >

コミケあたりで出てないのかな。←よく知りません(汗;)

《大日本帝国の銀河》で面白いなあと感心したところをあげると。(以下ネタバレなので白フォントで)

正体不明の四発機の搭乗者が最初に名乗ったのが、「火星太郎」。日本軍相手だと、宇宙と言っても火星くらいしか分からないだろうということで。天文学者が出張ってくると、火星からだと辻褄が合わないので、オリオン座方向から来たと「オリオン太郎」になる。馬鹿にしているとしか思えないのだけど、合理的な対処だと思っているところが何とも(笑)

どれだけ技術格差があるかもわからないほど進んだ技術(兵器)を出すと人類側が判断できないからと、四発飛行機とか微細な真空管による集積装置をわざわざ造るところなど感心しました。この飛行機というのが、微細な構造の素材を使って一体化した胴体と翼から出来ていたりして、現代から想像すると3Dプリンタを使ってるんじゃないかと思われました。

この飛行機を3Dプリンタで製造しているイラストを見たいなあと思いましたが、そういう類いのイラストは描かれたことがおありでしょうか。

堀内 >

製造中の場面というのはまだ描いたことはないですね。《銀河》に限らず、もしSF作品でそういうオーダがあったら悩むと思います。3Dプリンタだと判る形にすると未来的じゃなくなりそうですし、あまり未来的にするとそれが何をする装置なのかが伝わらなくなりそうだし。《銀河》の3Dプリントシーンを描くなら、まずは林先生に相談、の一択です(笑)。

雀部 >

あ~、確かに。そこがジレンマですね。

林  >

ちらっとは書いてるんですが、オリオン太郎君たちの文明の3Dプリンターってのは、人類のそれとは基本原理はまぁ、同じなんですけど、機構はかなり違っていて、蛆虫が群がるような形で機械を階層的に作り上げてゆくので、人間は目の前に3Dプリンターがあるのにわからない。

これは本来は宇宙船の外皮の内側に蠢いていて、損傷箇所があったら修理するための存在です。

雀部 >

う~ん、そうだったのか。通路が微妙に曲がりくねっていたり、隔壁が泥土的な性状であったりと変だなあとは思ってました(汗;)

ということは3D担当蛆虫たちも、線虫(人体共棲ロボット)、オベロ(生物学的ロボット)、オークモドンと共にオリオン共棲群に含まれるのですか?

林  >

いえ、単なる道具です。主体と客体の話になるので。

雀部 >

ありがとうございます。主体性を持たないロボットなんですね。

あと、林先生がところどころにくすぐりを仕掛けてあるのですが、全部に気がついてるとはとうてい思えません。ヤマトの波動砲かよと思った箇所もありましたし、一番笑ったのは“オベロが丼に二本しか載せないので、秋津は思わず四本載せろと言った。するとオベロは胸の部分から機械的な声で「二本で十分だ」と返答した。”のところです(笑)

堀内 >

林先生のくすぐりというか作品に仕込まれている小ネタは、当方も全部理解出来ている自信はないものの、いつもこっそり楽しみにしているところです。台詞もそうですし、人物名もそうですね。

雀部 >

部隊が「ホワイト・タイガー隊」と命名され、会津出身の入江が「縁起でもない」とごちるあたりも笑いました(笑)(日本語だと白虎隊)

《大日本帝国の銀河》には、非常にユニークなオリオン集団をはじめ、オリオンに教育された人類が賢板で結びついた広域組織とそれと対立する有志連合諸国、オリオンに対抗する人類側のレジスタンス組織等々色んな組織が出てきます。前回のインタビュー時にうかがったことから推察すると、序列がなく自由裁量が大きい木星居住圏の人類組織などは、「ティール組織」を模しているのかもと、ふと思いつきました(汗;)

林  >

ティール組織もそうなんですが、文化人類学のテーマとなる植民地経験の問題が背景にあります。宗主国側が自分たちの文化や価値観の中で咀嚼するために植民地という概念を持ち込むわけですが、現実の植民地世界は、そうした認識とは全く違う。有志連合諸国が大敗を繰り返すのは、植民地という認識がすでに意味を失っている中で、そのことに無自覚であったことによる自滅みたいものです。

さらに言えば、オリオン集団から技術教育を受けた、植民地領域の人たちの間にも政治や意見の違いがあり、要するに彼らの中にも政治があったにも関わらず、そのことも理解できていなかったことが、有志諸国連合に戦闘以外の選択肢を取らせなかった。チャンスを潰していたのは技術格差ではなく、マインドセットの切り替えができなかったことによるわけです。

雀部 >

オリオン集団から技術教育を受けた人たちは、元々選ばれた優秀で柔軟な思考の持ち主だというのも大きいと思いました。

オリオン集団は、最初から人類を兵站線を維持する労働力として計算に入れていたようで、技術供与をしたり教育もしたけど、レジスタンス組織の抵抗もあり、結局人類とのつきあいにより太陽系のオリオン集団は変質してしまった。まあ、同じく人類側も変質してきていて、これからはチームを組んで宇宙へ出て行けば、単独種族で事に当たるよりも良い結果が得られるんじゃ無いかなと想像していますがどうなんでしょう?

林  >

指摘する人はいないんですが、オリオン集団がやってることというのは新資本主義そのものです。だから地球が温暖化で大海進を起こしても何もしない。確かに植民地体制を解体しているのですが、ならば解放者かといえばそんなことはなく、単に既存体制を無視して必要な人材を確保したに過ぎず、ただそうした行為の拡大が結果的に植民地体制と衝突することも自明なので、そのための準備も現地で確保したに過ぎません。

雀部 >

おっと、新資本主義という文脈から読むこともできたとは全く気がついてませんでした(汗;)

林  >

ただオリオン集団の一〇〇年かけた計画が失敗したのは、労働力の対象集団に自由意志があるという観念が決定的に欠けていて、自分たちの計画を阻止するという想像力を持っていなかった。

とは言え、それは現実の植民地宗主国に大なり小なり共通していたものではありますけどね。

そのような状況で鮎川悦子が全体の主導権を握るに至ったのは、両陣営の体制を成立させている固定観念から自由だったからとなります。

一方で、地球人類の大半もオリオン集団との接触で高度技術のある生活は感受しているものの、それでマインドセットの訂正が行われるかといえば、そんなこともなく、だから地球環境は温暖化でほとんどの都市が水没していても、生活を変えることなく日常を続けているわけです。

新資本主義で格差が拡大するという話がありますが、最終的には人類は種分化を迎え、宇宙で進化してゆく人類とそうでない人類になるでしょう。

雀部 >

文中でも秋津が鮎川に指摘されて“宇宙にいる自分たちと、それを結果において生産で支えている地球人類との関係性が、オリオン集団と自分たちの関係性と相似である”ことに気づき愕然とするシーンが印象に残ってます。

SF者としては、宇宙で進化していく人類の姿を見たいところではあるのですが。

[林譲治]
1962年北海道生まれ。臨床検査技師を経て、1995年『大日本帝国欧州電撃作戦』(共著)で作家デビュー。確かな歴史観に裏打ちされた架空戦記小説で人気を集める。2000年以降は、『ウロボロスの波動』『ストリンガーの沈黙』『ファントマは哭く』と続く《AADD》シリーズをはじめ、『記憶汚染』『進化の設計者』(以上、早川書房刊)『侵略者の平和』『暗黒太陽の目覚め』など、科学的アイデアと社会学的文明シミュレーションが融合した作品を次々に発表している。ミリタリーSFシリーズ《星系出雲の兵站》で、第41回日本SF大賞及び第52回星雲賞を受賞。近著に『大日本帝国の銀河』(ともにハヤカワ文庫JA)。
[Rey.Hori (れい・ほり)]
イラストレータ。本名:堀内 営 (ほりうち・まもる)。1963年、大阪生まれ。
1985年、鳥取大学工学部生産機械工学科を卒業、富士通株式会社に入社。大型ページプリンタの設計開発に従事の傍ら、個人として作品制作を開始。1997年8月より、フリーランスとして三次元CGによる科学・機械・製品系イラストや小動画、SF書籍イラストを中心に制作活動中。
ウェブサイト「WORKSPHERE」
[雀部]
1951年生。田舎の歯科医。
帯つきの《大日本帝国の銀河》シリーズ書影・関連本の書影・各種リンク集は、別ファイルにあります。