Author Interview
インタビュアー:[雀部]
『猟奇の贄 県警特殊情報管理室・桜庭有彩』
  • 牧野修著
  • メディアワークス文庫
  • 820円(税別)
  • 2024.6.25発行

[桜庭有彩]

反社会的組織に対抗するために設立された特殊情報管理室に配属になった新人巡査。幼少期のトラウマがあり、人と人のつながりを身体から繋がった糸という形で見ることが出来る特殊能力を持っている。

[瀬馬敲介]

猟奇的な犯罪者を作り出す組織<園芸家>の捜査に特化した特殊情報管理室の室長。辣腕でならした元公安。

[柿崎警部補]

豪奢な花束の様な美貌の持ち主。虫を飼うのが趣味の優秀な刑事。

[伊野部悠太]

情報処理担当の巡査。ここ20年間の事件から<園芸家>の関与が濃厚なケース200件を絞り込む。盗聴マニア。

[ブンタ]

甲斐犬の血が入った狼に似た和犬。死を嗅ぎ取ることができる。

『犬は書店で謎を解く ご主人様はワンコなのです』
  • 牧野修著/ふじのイラスト
  • メディアワークス文庫
  • Kindle版679円(税込)
  • 2016.6.24発行

金沢を舞台に、容姿端麗・頭脳明晰・身体頑健、けれど性格最悪の主人公が、飼い犬の柴犬と魂が入れ替わった後の騒動と、悪意の塊のような放火魔との対決を描く。

『私の本気をあなたは馬鹿というかもね』
  • 牧野修著
  • メディアワークス文庫
  • Kindle版727円(税込)
  • 2015.9.10発行

公用語が英語となり、自分の名前を漢字で表す事も許されない日本を舞台とした物語。親米保守派が政治を牛耳る一方で「国土回復運動」と称した独立運動も起きていて、米国から独立する日も近いのではないかと噂される時代。大阪にある退役婦人養生院で働く、アカネ、アリー、ワシオの三人の少女が自分たちの力で道を切り開いていこうとする……。

『大正二十九年の乙女たち』
  • 牧野修著
  • メディアワークス文庫
  • Kindle版737円(税込)
  • 2011.5.18発行

日本が戦乱に巻き込まれつつある、大正二十九年。逢坂女子美術専門学校に、四人の個性的な女学生が通っていた。画家としての才能あふれる池田千種。式道に没頭する男勝りな星野逸子。身体は不自由ながら想像力豊かな犬飼華羊。素直で女性らしい優しさに満ちた緒方陽子。戦争の足音が近づく不自由な時代にありながら、短い青春を精一杯謳歌する彼女たちだったが、学校内で馬の死骸で作られた奇怪なオブジェが見つかったことから否応なく事件の渦中に……。

※ メディアワークス文庫(書影が表示されない方、その他インタビュー中に出てきた書籍の情報はこちらから)

「電撃文庫」を読んで育った世代が社会に出る年代になったことを受けて新たに設立されたレーベル。キャッチコピーは「ずっと面白い小説を読み続けたい大人たちへ――」

雀部 >

今月の著者インタビューは、6月に『猟奇の贄 県警特殊情報管理室・桜庭有彩』を出された牧野修先生です。牧野先生お久しぶりです、今回もよろしくお願いいたします。

牧野 >

ご無沙汰しております。久しぶり過ぎて前回ではどんなことを話していたのかすっかり忘れておりました。

雀部 >

申し訳ありません、もう13年前になるんですね。

前回のインタビューでは、『死んだ女は歩かない 3』と『晩年計画がはじまりました』とか田中啓文先生と共著の『郭公の盤』についてうかがってます。

そういえば、この年の年末に「繁昌亭 de ハナシをノベル!! vol.5」を聞きに天神橋筋商店街に行ってます。 ということで、『ハナシヲノベル 完全復活祭』を配信で鑑賞させて頂きました。色々と大変だったでしょうが、とりあえず復活おめでとうございます。

牧野 >

ありがとうございます。

それなりに好評であったようですが、今後続けられるかどうかは、まだ未定ですね。

雀部 >

完全復活なのかと思ってました(汗;) X(Twitter)等でフォローをしておかないと。

メディアワークス文庫からは、これで四冊目なんですね。

最初に出た『大正二十九年の乙女たち』と『私の本気をあなたは馬鹿というかもね』は、少女たちの熱い友情が描かれたシスターフッドもので、森奈津子先生も太鼓判の“本物の乙女の味”がする面白さ。ホラーでもSFでもないのですが、これはメディアワークス文庫のカラーを意識されたのでしょうか。

牧野 >

二つとも仮想の大阪を舞台にした少女小説です。

もちろんメディアワークス文庫であることを意識して書いています。

いろんなところで云っているのですが、『戦争は女の顔をしていない』の影響を受けて書き始めたものです。そのために女も戦地に兵隊として行っていた日本という世界を作りました。にもかかわらず戦争のシーンを書いていません。ボリューム的に難しかったのもありますが、作り上げた少女たちを戦争に送り込むことがどうしてもできなかったのも事実です。

本当はどことも知れぬ幻想的なジャングルの中で不条理で過酷な戦闘を繰り返す少女たちのことを書こうかと思っていたのですが止めました。悲惨な話になるのは間違いなかったので、それは違うなと。

雀部 >

心臓に悪そうだけれど、そのバージョンも読んでみたいです。

『猟奇の贄』についてだと、主人公の桜庭有彩には人と人のつながりを糸という形で可視化できる特殊能力があるのですが、この設定が絶妙だと感じました。ラストは黒幕vs県警特殊情報管理室チームの対決になり、力関係が拮抗していて面白かったです。これって、先に黒幕の能力が決まっていて、その後で桜庭巡査の特殊能力が決まったのでしょうか。

牧野 >

桜庭の力はかなり最初から決めていました。

最後の敵がまとまったのはずいぶん後でした。

人間関係が糸で見える、という力を有効に生かせる敵を考えるのにかなり悩みましたね。

雀部 >

想像と真逆だったとは(大汗;) 確かに桜庭巡査の力がないと解決出来ない事件です。

メディアワークス文庫だと『犬は書店で謎を解く ご主人様はワンコなのです』は、孫にも読ませたい牧野先生入門書に最適だと思いました。題名通りワンコの話なのですが、『猟奇の贄』にもワンコ(警察犬?)が出てきて、良い味出してます。

牧野 >

犬は、特に和犬は好きです。なんでかわかりません。

と云うのは自分では一度も飼ったことがないんですよ。

若いころというか高校生ぐらいまでは猫が好きでした。高貴で自尊心が高そうなイメージで、中二病的な趣味だと思います。

それがいつの間にか犬が好きになっていました。なんでだろう。

もともと主従関係と云うものが好きで、風の谷のナウシカの城オジみたいな、忠実な家臣のキャラが好物なのです。それと犬好きはちょっと結びついているかなあ。

犬って情けない所がかわいいですよね。

雀部 >

柴犬飼ってましたが、情けなさそうな顔をすることはありますね(笑)

題名にある“県警特殊情報管理室”は、赴任先の警官もよく知らない部署だったり、部屋が地下の資料室の隣だったりと、大好きな《トクソウ事件ファイル》シリーズのような設定で、期待して読みはじめました。

牧野先生というと犯罪者側のキャラがユニークで濃くて、そこが魅力的なのですが、刑事物だとそれに対抗して、警察側の登場人物のキャラも濃くて面白いですね。今作だと、一番好きなのは“豪奢な花束”のような“唖然とするほどの美貌の持ち主”と表現されている柿崎警部補です。

なんで刑事になろうと思ったのですかね、彼は。内心忸怩たる葛藤もあったのではないかと思いますが、そこらあたりのキャラ設定はされているのでしょうか。

牧野 >

豪華な花束と見間違うような美しい人、と云うのを誰よりも先に考え付きました。

小説というものはあり得ないものを描く時に非常に有利な表現方法だと思います。要するに「絵にも描けない美しさ」的に、見ることが出来ないことを前提として描けるわけですから。

クトゥルフ神話の「見れば発狂する邪神」を描くのとまったく同じです。具体的ではないがイメージはしっかりと伝わる。そして邪神同様、美しさも過ぎるとフリークスなのだなと思いますね。結局は社会的スティグマなのです。痣がある、というようなルッキズムの問題とまったく同じですね。なので驚異的な美貌がごく普通にそこにいるだけ、という人物を出したかったのです。綺麗ですが何か、ということですね。

雀部 >

なるほどクトゥルフ神話かぁ、小説ならではの表現方法だったのですね。

ありえない(実際には無い)ものを見せようというのは、月亭文都師匠が今回「ハナシヲノベル」で演じられた、「がしんじょ長屋」(作:牧野修)にも通ずるものがあると思います。きわめてSF的な趣向ではないでしょうか(笑)

牧野 >

「がしんじょ長屋」は、演者も観客も観たこともないものを演じて、理解させることってできるだろうか、ということで考えたネタですからね。

ホラーにしたって、悪霊だの妖怪だの、ないもの、フィクションであることを前提にして恐ろしいものを表現しなければならないわけで、私の好きな虚構性の高いジャンルの小説は、いろいろと難しいことをやっているよな、と自分でも思います。

雀部 >

私の大好きな短編集である『楽園の知恵 あるいはヒステリーの歴史』などは全編虚構性が高い牧野節で彩られています(笑)

「がしんじょ長屋」は、大阪で起きた異変がだんだんと東の方に波及していく噺でしたが、『猟奇の贄』の舞台である棟石市はモデルとなった場所があるのでしょうか。

牧野 >

これはもう完全な偏見でしかないのですが、私は北関東という土壌にとても不穏なものを感じるのですよ。郊外というものが本質的に恐怖の土壌みたいなものをはらんでいるのではないのか、って。

ろくに行ったこともないのに何でこんな偏見を持つに至ったのかよくわからないのですが、『破滅の箱』『再生の箱』の金敷署にしても『猟奇の贄』の棟石市にしても、そんな幻想の北関東が舞台です。スティーブン・キングのメイン州みたいなものですね。

雀部 >

なんと。そうすると地元である大阪は、不穏なものを感じないと(笑)

堀先生が「大阪SF八景―SF的想像力を刺激する大阪の景観―」の中で『傀儡后』について、“この作品の不気味さは、安全の象徴みたいな上町台地から病原体がじわじわと斜面を下り、市街地を侵食していくところにある”とされているのがうなづけるのですが……

牧野 >

『大阪SF八景』で傀儡后を取り上げていただき、ありがたかったです。堀さんには感謝しかありません。

そこで私が上町台地を一歩も出ていない人間と紹介されているのですが、実際は大阪市を一歩も出ていないが正解です(他の土地の人からすればあまり大差ないでしょうが)。

子供の間は黒門市場のすぐ近くと千日前に実家がありました。学生時代はそこで過ごしていたのですが、結婚を機に上町筋沿いに引っ越し、それからずっと上町台地の住人です。では土地に対して愛着があるかどうかと云うと、なんとも答えられない。あなたは自分の腎臓に愛着がありますか、と訊ねられているようなもので、あまり自覚がない。

でも『傀儡后』を書いて思ったのは、私はほとんど大阪を世界と同義に扱っているなということでした。おそらく私はずっと箱庭の中に棲んで箱庭の中のことを考え、箱庭宇宙の法則を世の理として生きているのだな、と。だから私の箱庭宇宙の中では北関東の郊外は〈辺境〉のイメージなのかもしれません。勝手なもんですね。

谷町六丁目は本当に平穏な土地で、高齢者が多く、繁華街から近いのに昭和の下町の風情があって住みやすい。画廊やちょっと変わった店舗も多いのも昔からですね。この世が滅びていくのなら、こういうところからゆっくりと進行していくんじゃないかと思っていました。静かに静かに記憶を失いながらゆっくりとすべてが溶け、沈んでいく。

隕石の影響で立ち入り禁止のゾーンが出来るのですが、そこには万博公園がすっぽりと入っておりまして、廃墟になった遊園地という大好物を描こうと思ったのですが、他のところが膨らんでそんなことして遊ぶ余裕はなくなってしまいました。その分は後に『万博聖戦』で描けたかなと思います。

雀部 >

確かに。

それに、廃墟になった遊園地はホラーの舞台として絶好な感じが(笑)

執筆年代的には『傀儡后』から『月世界小説』(『万博聖戦』も)へと続く牧野SFワールドは、大阪が舞台であることが多いと感じているのですが……

今回読み返してみて『私の本気をあなたは馬鹿というかもね』も、『月世界小説』に含まれる(スピンオフ的な)ように感じました。

牧野 >

先ほども申しましたように、私にとっては大阪が宇宙なのだと『傀儡后』の時に気が付きました。なのでそれ以降は抵抗なく世界としての虚構の大阪を積極的に描いてきました。

それから『月世界小説』は構造上私の小説すべてを含めるようになっておりまして、そういう意味では私の書く小説すべてが同じ世界を舞台としているとも云えるかなと。

なので金敷署と棟石市が緩く繋がっているように、金敷署と『病の世紀』のIRNIも緩く繋がり、IRNIは『奇病探偵』と繋がっています。こうあったかもしれない大阪の姿は『月世界小説』を経た『傀儡后』の世界を中心に『大正二十九年の乙女たち』『私の本気をあなたは馬鹿というかもね』の世界と繋がり『万博聖戦』へと進みます。今とても書きたいSF小説があって、それは現在へと繋がる昭和の日本の話です。これも月世界小説の一部かもしれませんね。

なんとなくですが、結局私は「たまたま生前に作品を発表することが可能となったヘンリー・ダーガー」みたいな作家なのかもなあと、思ったりもします。

雀部 >

やはりそうなんですね。読者の皆さんはとうに気がついていることなのかも知れませんが、私はやっと納得です(汗;)

ヘンリー・ダーガー氏、初めて知りました(汗;) こういう埋もれた作家が居たとは……

おっと聞き忘れていたのですが、堀先生から“菊田服飾専門学園のモデルは上田安子服飾専門学校ですね。山﨑豊子『女の勲章』のモデルです”とうかがったのですが……

牧野 >

モデルと云えるほどではありませんが、ヒントとなったのは間違いないです。上田安子服飾専門学校から入学のための資料を送ってもらって参考にもしていますから。

大阪ってアパレル関係の小さな会社がたくさんあって、マンションメーカーと呼ばれるようなマンションの一室を使ってデザインから販売までを運営する小規模のブランドは大阪にもたくさん存在しました。服飾をテーマとした小説を書こうと思った時に「これは使えるな」と思ったことを覚えています。

雀部 >

東京だと「原宿セントラルアパート」あたりにあったやつかな。大阪にも多かったんですね。

大阪が舞台であれば大阪SFと呼んでも良いと思いますが、大阪のSF作家というと一番に思いつくところは何でしょうか。個人的には、大阪のSF作家の先生がたはサービス精神が旺盛だと感じていますが。

牧野 >

このインタビューの趣旨からしたら申し訳ないんですけど、あまり大阪に思い入れがないんですよね。というか、大阪しか知らないわけで(いや、そりゃ旅行とかで他府県に行ったりはしますけどね)それが自分に与える影響とかもよくわからないのですよ。

関西出身の作家がみんなサービス精神旺盛かと云うとそうでもないでしょうし……。

サービス精神というか、何かと笑いを欲しがる傾向はあるかも。

感心されるより笑いが欲しい、みたいな。

あっ、でもこれは私の周囲の人(しかも作家)だけかもしれません。

雀部 >

特に大阪の作家の皆さまに共通のものを求めている訳ではないのですが(汗;)

TVの「秘密のケンミンSHOW極」が好きでよく見ているのですが、大阪人は常にオモロさを求めているのではないかと(笑) まあ、こちらはTVなので多分に編集・誇張・独善とか入っていると思いますけど。

大阪の精神風土というより、小松左京先生や筒井康隆先生の影響はどうでしょうか。

牧野 >

私の場合は圧倒的に筒井康隆作品の影響を受けています。小説への影響以前に生き方というか物の見方が筒井レンズというかフィルターというかそう云うものを通して世間を見ていました。あまりにも影響が強いので、小説に関してそこから抜け出るのが大変でした。

筒井ファンならわかってもらえると思いますが、ちょっとした文章の断片や言葉の選び方で「これは筒井康隆だよな」となってしまうのですよ。

例えばL-アスパラギン、アラニン、アルギニン、グリシン、グルタミンというように非アミノ酸を羅列しただけで筒井味を感じ取ってしまうわけです。こういうものから抜け出すのはかなり難しい。

結局そういった語感やリズムのようなものをすべて消し去るのは不可能なので、せめてそこから「筒井味」だけを消せるような、素材の風味は生かしつつ臭みだけ抜くために香草を使う、みたいなことを意識的にしていました。

雀部 >

関西のSFというと、筒井先生の影響は大きいのですね。小松先生は同人誌的な活動はやられてなかったし。コマケンは創作集団ではないからなあ。

もう一つ、「心斎橋大学公開講座」で「ジャンル小説コース、大学院」を受け持ってらっしゃいますが、ジャンル小説というとホラー・SF関連についての講座なのでしょうか。

牧野 >

ジャンル小説コースは私と田中啓文さん、そして友野詳さんの三人が受け持っています。

私がホラーとSFとファンタジー、田中さんが時代小説とミステリとコメディ、友野さんがライトノベルを受け持っています。

講座は前期後期二度に分かれ、それぞれのジャンルの特徴や書き方などを講義しています。

雀部 >

お三方でそういう分担だったのですね。

近くだったら聴講に行くのになあ(残念)

今回は、変則な著者インタビューを受けて頂きありがとうございました。

牧野先生ならではの虚構性の高い新作をお待ちしております。

[牧野修]
1958年大阪生まれ。大阪芸術大学芸術学部卒業。1992年『王の眠る丘』(ハヤカワ文庫JA)で第一回ハイ!ノヴェル大賞を受賞しデビュー。1999年『スイート・リトル・ベイビー』(角川ホラー文庫)で第六回日本ホラー小説大賞に佳作入選。2002年『傀儡后』(ハヤカワ文庫JA)で第二十三回日本SF大賞を受賞。2016年『月世界小説』(ハヤカワ文庫JA)で第35回日本SF大賞受賞・特別賞受賞。
[雀部]
堀先生の「大阪SF八景―SF的想像力を刺激する大阪の景観―」インタビューから発展した大阪SFに関する企画第一弾です。書影が表示されない方や、インタビュー中の関連書籍は「牧野修先生著者インタビュー関連書」を参照して頂けるとありがたいです。
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